新聞や雑誌の「人生相談」には現在の幸せのカタチが反映されている。そんな興味深い分析が、哲学者・長谷川宏さんの『幸せとは何か』にありました。
「人生相談」という名のコラムで人びとの幸不幸が身近な話題として取り上げられ、身近な暮らしの領域で不幸を脱し幸へと向かう道が模索されるのは、幸福の大もとが静かな、穏やかな暮らしにある、というわたしたちの原理に合致するものだということができる。
(長谷川宏『幸せとは何か』P .254)
幸せとは何か。そう聞かれたら「人それぞれ」とまずは言いたくなる。でもその一方で、「人生相談」には共感できる内容も少なくない。もしかしたら、長谷川さんの指摘するように、そこには何かしらの普遍性があるのかもしれません。
私は読売新聞の「人生案内」(人生相談)を読むのが好きです。いいなと思ったものは、切り抜いて保存しています。相談者に共感したり、ちっぽけな自分の悩みを反省したり。アドバイザーの回答も、的確でうなずけることがあれば、納得できないこともある。全部含めて、いろいろな考え方の人がいるのだという勉強になります。
たとえば昨日の「高2の息子 努力足りない」という相談は、アドバイザーの方の回答がいいなあと思った一つ。息子が勉強しないという50代主婦の方のお悩みに、哲学者の小川仁志さんは「すべての物事には『その時期』がある」と返しています。いまはその時期じゃなくても、いつかやるべきことに自分で気付くことを信じて、とも。子ども目線から感想を述べれば、こんな言葉をかけてもらえたら、きっと気が楽になると思います。
SNS で他人の投稿を見ると、自分を引き比べてつらくなることもある。でも、人生案内を読むと、なぜか「ひとりじゃない」って気持ちになるから不思議です。どちらも素直な他人の心のほころびなのにね。人生案内は、たった一つの対話がそこにあるだけで、自由に受け取れる余地があるから、心地いいのかもしれません。「回答」であって、「解答」ではないのです。
いまは、私より上の世代の方の投稿が多く感じます。だから、10年後、20年後はもっとお世話になりそうです。そのときになったら、私の幸せのカタチも変わっているかな。