コロナ前の2019年春、京王線明大前駅前ロータリーの様子を表すのに、カオスという言葉ほど適したものはなかったでしょう。奥は広告研究会、手前は法学研究会……さまざまなサークルが陣取り、大声で飲みコールを叫ぶどんちゃん騒ぎ。地面はポイ捨てされた無数の吸い殻や空き缶で散らかっており、よく足元を見ておかないと誰かの吐瀉物で靴を汚していました。お酒は「二十歳になってから」なんてお構いなしという雰囲気でした。
下級生は上級生に酒代をおごってもらうのが当たり前で、おごる側は「先輩になったときに、おごってやれよ」と恰好いいセリフで伝統を伝えます。とはいえ、毎日のように飲み会を開く大手サークルでは当然金が足りなくなります。後輩との酒盛りのために授業は落第ギリギリまで休んで派遣バイトに行く上級生もいました。いかにも明大的なバンカラエピソードです。
しかし、当時1年生だった筆者の世代は、後輩におごる機会がついぞ訪れないまま卒業することになりました。コロナ禍で外出すら困難になったからです。先輩から後輩に連綿と受け継がれてきた飲み文化はコロナ禍でどう変化したのでしょうか。後輩たちに話を聞きました。
まず4年生の男性、20年入学です。コロナが恐怖の対象だった時期に入学したことになります。すぐにお酒に触れることになると覚悟していたそうで、両親からも自分の限度を知るために飲まされていたようです。しかし、結局20歳になる前に飲む機会は訪れませんでした。サークルの「新歓」は開催されず、授業も完全オンライン。クラスメイトとご飯に行く機会すらなかったからです。家の外で初めてお酒を飲んだのは2年に進級してしばらくたった21年夏でした。それも居酒屋でのこぢんまりとしたもので、コールや飲みゲームはありませんでした。
今年に入り、ようやくサークルでも規模の大きい飲み会を開けるようになったそうですが、酒席の盛り上がりを体験しなかったこともあり、羽目を外している学生グループを見ると引いてしまうそうです。以前のような騒ぎ方をしている人たちは、もとから激しい飲み方に憧れていたノリの良い面々です。以前は悪目立ちすることはありませんでしたが、現在では少数派になってしまっています。
自然消滅してしまいそうな学生の飲み文化ですが、進化していることも知りました。
話してくれたのは、21年入学の3年生です。サークルでは最年長の幹部になっており、夏からの就活に備え、思う存分遊んでいる時期です。大規模な飲み会を居酒屋など公の場ですることが憚られる中、利用するのはエアビー(Airbnb)です。民泊サービスの一つで、ホテルよりも安いうえ、複数人でも気軽に利用できます。また、ホテルであれば部屋も質素なことが多いですが、エアビーは内装が凝っているし、ボードゲームやテレビゲームなども充実しています。近年はエアビー飲みが増えているそうです。
飲酒を誰かに見られたくないという心理も影響しているのでしょうか。今の大学生にとって20歳になるまで飲まないのは当たり前で、飲んでいるのはやんちゃな人という認識があるようです。ちょっとは飲んでみたいけど、誰かにバレたくない。そんな人達にはエアビーがうってつけなのでしょう。ただ、何十人規模の飲み会は開催できないので、大勢で盛り上がるコロナ前の飲み方には戻りません。
以前のような飲酒文化が復活するか、それともこのまま消滅するか。それはこれからの学生にかかっています。入学したばかりの1年生に昔の駅前ロータリーの話をしたところ、「そうした汚い飲み方は嫌だ」と言っていました。エアビー飲みは楽しそうとのこと。ただまだ飲み会には行きたくないそうです。理由は無理やりお酒を飲まされるのが嫌だから。至極当然の理由です。サークルの新歓では未成年であることを示すリストバンドを強制的につけさせられるなど、1年生が飲まないように配慮されておりホッとしたとも言っていました。彼らが作る学生の飲み会文化は以前よりも健全なものになりそうです。
先日、4年ぶりに明大前駅を訪れました。吸い殻や空き缶が放置されている様子はなく、路上を汚すものもありません。飲み会の伝承が復活するにしても、長い時間がかかります。駅前もしばらくのところは平和のままでしょう。
参考記事
朝日新聞デジタル5月6日「リアル飲み会、やっていますか?」
https://digital.asahi.com/articles/DA3S15628098.html?iref=pc_ss_date_article
朝日新聞デジタル5月9日「コロナ5類、新たな日常 仕切り撤去・宴会場を再開」
https://digital.asahi.com/articles/DA3S15631454.html?iref=pc_ss_date_article