国際男性デーに考える 「らしさ」の呪縛

「涙もろいんだよね。男なのに」

高校時代、耳にした同級生の言葉です。心を強く揺さぶられたときに流れる涙。私はとても美しいものだと思います。けれど、自身が「男らしさ」から外れてしまっていると彼は思ったのでしょう。

 

「男らしさ」とは、「男性はこうあるべき」という規範のようなものです。これは社会に深く根を下ろしており、人に広く共有されています。だから、私たちは「らしさ」の枠にとらわれてしまうのです。2020年に朝日新聞デジタルが実施したフォーラムアンケートには、「あなたが男性に期待すること、期待されていると思うこと」を問う項目がありました。いわゆる「男らしさ」とされるものを回答した人の割合は、実は男性の方が大きかったのです。

男性は社会から「強さ」を当たり前のように求められてきました。そして、自身でその思考や言動を縛るようになったのです。しかし、「らしさ」を体現できないこともあるでしょう。そうして生み出されたのが、「男なのに」という彼の発言です。社会が強いる「らしさ」の陰で苦しんだり、生きづらさを感じたりする男性がいるのです。

男性に「男らしさ」を強いるような社会では、ジェンダー平等を実現することはできません。男女ともに「こうあるべき」という「性役割」を背負わされてしまうからです。日本において顕著に見られるケア負担の男女不均衡もきっと解消できないでしょう。

誰もが伸び伸びと生きられるような社会を築くために、私たちは「らしさ」の呪縛を解かなければなりません。「男らしさ」や「女らしさ」、「日本人らしさ」といった言葉を耳にすることはありませんか。「らしさ」は、その枠から外れた人を抑圧します。

11月19日は国際男性デーです。日常に潜む「らしさ」に目を向けてみたいと思います。

男性の心身の健康や役割を考え、ジェンダー平等を実現しようと、1999年にトリニダード・トバゴで始まったとされる。

 

参考記事:

21日付 朝日新聞夕刊 8面(社会・総合)

19日付 朝日新聞夕刊 8面(社会・総合)

19日付 朝日新聞朝刊(愛知14版) 30面(社会)

20年12月13日付 男らしさの正体は何だろう? 記者と識者が考えてみた:朝日新聞デジタル (asahi.com)