「沿線の人口が減ったから、列車の本数が減らされたのか」。それとも「列車の本数が減らされたから、沿線に人が住まなくなったのか」。ローカル線を旅している時、この問いが自然と頭に浮かんでくる。
福岡県を代表する私鉄、西日本鉄道は2本の路線を運行しており、その一つが西鉄貝塚線だ。同線はもともと西鉄宮地岳線と呼ばれ、福岡市東区の貝塚駅から福津市の津屋崎駅までを結ぶ全長20.8kmの路線だった。しかし2007年、その約半分の新宮―津屋崎駅間が廃線となったことで、名称が貝塚線に変更された。
廃線から15年ほどしか経っていない宮地岳線。鉄道の廃線が人々の暮らしにどう影響するのかを探るヒントがあるかもしれない。線路跡を訪れ、現地の人に話を聞いた。
津屋崎エリアの小ぎれいな家からたまたま出てきたのは70代の女性だった。「海が見える生活がしたい」との思いから10年前、建売住宅を購入し都心部から移住してきた。半身が不自由な息子がおり、嫁が車を運転して病院まで送り迎えをしているという。嫁はその度に仕事を休む。「鉄道であれば、駅員さんの力も借りながら私でも同伴できるんですけどね。宮地岳線があったら便利だったんだろうなと思います」と話した。想像以上の不便さから、再び都会に戻ることを検討しているそうだ。
通院のために家族の誰かが仕事を休み、車で送迎するというケースは他でもけっこう聞かれた。息子に運転してもらうという80代女性は、「いつまでこういったことが続けられるか。仕事を休んでもらうのはやっぱり申し訳ない」とこぼした。今は元気でもいずれ病院に通わなければならなくなりそう、という心配を抱えている人も多かった。
取材で最もよく出てきた言葉は「免許返納」だ。車の免許を返せば、生活の足を一つ失うことになり、この地域での暮らしは途端に不便になる。しかし、「やはり事故は怖い」などの理由で高齢者本人が返納の意志を持っているケースは多かった。昨今の高齢者ドライバーによる事故の続発が同年代に与えるインパクトはかなり大きいようだ。返納をいつするか尋ねたところ、「駐車に手間取るようになってから」や「軽く擦ってから」などさまざまな答えが返ってきたが、時期としては80歳が目安となっているようだ。
私は既に返納した人にも話を聞きたいと思い、津屋崎駅跡の近くにいた20人ほどにインタビューをした。しかし、出会うことはなかった。話を聞いた高齢者はみな、「10年以内には返したい」など返納を考えてはいるが現時点ではまだ持っている人ばかりだ。返した人も絶対いるはずなのになぜ会えないんだろう。
頭の中で理由を考えながら津屋崎を30分ほどひたすら歩き続けていると、あることに気が付いた。「この地域は新しい家と古い家とが混在している」。宮地岳線の線路跡に新築が連なって建てられているのは理解できる。しかし、線路とは全く関係のない住宅地にも築年数が10年以下とみられる家が点々とあり、なんだか見慣れない光景だった。
生まれた時から津屋崎に住む70代の女性の言葉にはっとさせられた。おばあさんは自宅の前にある新しい家を指さし、こう言う。
「そこにはちょっと前まで別の人がずっと住んでいたとです。そのおじいさんは免許を返納していたから、買い物は私の車で手伝ってあげていた。でも、この辺は車がないとほんと何もできない場所だから、結局都会に住む子どもさんのとこに行ったんです。家を取り壊して新しく家が建てられ、よそから来た人が今は住んでいます」
津屋崎のある福津市は都心までの距離が近く、海もあって自然が豊かなため、住人の数は増えている。人口増加率は全国ランキングで第8位。空いた土地は引く手あまただ。
今、津屋崎に住んでいる人というのは、車やバスなどを使うことで、この街の現在の環境でも生活できる人たちである。本当に住めなくなった人は立ち去っている。よく考えれば当たり前のことだ。免許返納によって生活に大きな支障をきたした人や、宮地岳線を生活の足としていた人の声をこの地域で取材することにはそもそも限界があった。
取材を終え、津屋崎の最寄り駅となるJR福間駅まで戻った。金曜日の夕方。駅は家路につく高校生でにぎわっていた。ロータリーには多くの保護者が車で迎えに来ている。地元の人によると、JR福間駅と津屋崎を結ぶバスは一時間に一本ほどのため、保護者が送迎するケースが多いらしい。一部の学生は駅まで自転車で行き来しているが、往復で10㎞近くある。このため、男子生徒が圧倒的に多いらしい。
朝夕の時間に保護者が送り迎えできる家庭の子どもや、体力に自信のある生徒はJRを使って福岡市内の高校に通えるが、そうでない学生にとってはハードルが高い。それが鉄道のなくなった津屋崎の状況のようだった。
公共交通機関はその地域の人すべてが使っているわけではない。「宮地岳線は全然使ってなかったから、寂しかったけど、廃線反対とは言えなかった」という声は多く聞かれた。だから、廃線や本数の減少によってすぐに町全体が変わるわけではない。ただ、多くの人が知らないうちに「住めなくなる人」が生まれ、他の地域への移住を余儀なくされる。公共交通機関の存在感と廃止がもたらす冷酷さを感じる取材であった。
参考資料:
日経BP 「人口増加率ランキング2016-21」