5月28日、世界で最も有名な国際映画祭の一つであるカンヌ国際映画祭の授賞式が開かれました。「万引き家族」で2018年に最高賞を受賞した是枝裕和監督が手掛けた初の韓国映画「ベイビー・ブローカー」に主演したソン・ガンホさんが男優賞を受賞するなど、今年も大きな話題を呼びました。
そんな中、独自で特異な作品が対象となる「ある視点」部門で、早川千絵監督の「PLAN75」が特別表彰を受けました。同作は、少子高齢化が進んだ将来の日本で満75歳から生死の選択権を与える制度〈プラン75〉が導入され、安楽死が推奨される社会の中で翻弄される人々の姿を描いた作品です。
現在、日本では安楽死が認められていません。認めている諸外国でも、不治の病にかかった場合など限定的です。そういった意味で、健康状態に関わらず75歳を超えたら生死を自分の意志で決定できるという「PLAN75」で描かれている世界は現実からかけ離れています。あくまでフィクションという捉え方もできるでしょう。
しかし、近年、生命を無条件で尊いものと考えず、人の価値を生産活動にどれだけ貢献したかで計るような風潮がじわじわと台頭してきています。「2016年、障害者施設殺傷事件が起こりました。人の命を生産性で語り、社会の役に立たない人間は生きている価値がないとする考え方は、すでに社会に蔓延しており、この事件の犯人特有のものではないと感じました」
これは、映画公式ホームページに掲載されている早川監督の言葉の一部です。筆者は16年の事件当時、筆者はSNSのアカウントを持っていなかったため、この言葉に疑問を感じました。障害者を社会に不要な存在だと一方的に決めつけ自分を正当化した犯人に共感するような意識が社会に蔓延しているなど信じられなかったためです。しかし、改めて事件について調べてみると、当時インターネットの掲示板やTwitterには犯人の主張に同調する投稿が数多くみられ、彼のもとには賛意を示す手紙が頻繁に届いていたということが分かりました。
このような考え方は、映画内で描かれる制度の根幹にある考え方と非常に近いと思います。安楽死を選ぶことができるのはなぜ75歳以上なのでしょうか。逆に、それより若い人はなぜ選ぶことができないのでしょうか。それを分けるのは生産性の有無というのでしょうか。
映画で描かれる世界は現実離れしているように見えて、実はその根底に流れる考え方は社会に広がりつつあります。このままだと近い将来、〈プラン75〉のような制度の導入を言い出すリーダーが出ないとも限りません。だからこそ、この映画を命の尊さを考え直すきっかけにしたいと思います。
ちなみに筆者は生産性の有無に関わらず命は尊いものだと思っていますし、75歳以上の方に生産性がないとも思っていません。また、人間に焦点を当てた時に、生産性という言葉自体、曖昧であり何を指すのか分からないとも思っています。
参考記事:
6月3日付 朝日新聞デジタル「カンヌ、日本勢も存在感 是枝作品に男優賞、早川作品に特別表彰」
5月29日付 読売新聞オンライン「映画『PLAN75』の早川千絵監督、カンヌ映画祭で日本人初のカメラドール特別賞」
5月29日付 読売新聞オンライン「『PLAN75』でカンヌ特別表彰、早川千絵監督『私にとって特別で大切な一本目』」
5月29日付 日本経済新聞電子版「カンヌ映画祭、是枝作品に男優賞 早川監督に特別表彰」