人獣共通感染症とワンヘルス 福岡が起点に

4月7日は世界保健デー(World Health Day)です。1948年4月7日に世界保健機関(WHO)が設立されたのを記念し設けられ、世界的に健康を啓発する日とされています。毎年設定されるテーマに沿ったイベントが、世界中で7日前後に開催されています。2019年は「ユニバーサル・ヘルス・カレッジ:誰もがどこでも保健医療を受けられる社会に(Universal health coverage: everyone, everywhere)」、2020年は「看護師・保健師と助産師を支援しよう(Support nurses and midwives)」、2021年は「より公平で健康的な世界を築くために(Building a fairer, healthier world)」。

今年のテーマは「私たちの地球、私たちの健康(Our planet, our health)」です。気候変動を主軸に、そこから発生する大気汚染や生態系の変化、食料不安などが私たちの健康に与える影響に焦点をあてています。「気候変動が健康に関係する」と言われても、一見つながりが見えないかもしれません。今回は世界保健デーに合わせて、人獣共通感染症を考えてみたいと思います。

人獣共通感染症は「同一の病原体により、ヒトとヒト以外の脊椎動物の双方が罹患する感染症」(NIID)のことで、狂犬病や日本脳炎、鳥インフルエンザなどがあります。米国立衛生研究所(NIH)によると、全世界の死因の16%近くが感染症によるもので、既知の感染症で60%、新規感染症の75%が人獣共通感染症と言われています。年間25億件の症例があり、死者数は270万人にのぼります。新型コロナウイルスも野生動物や家畜・家禽を由来とする人獣共通感染症とのこと。こう聞くと身近なリスクと感じるのではないでしょうか。

人獣共通感染症は近年かなり増えています。国連環境計画と国際家畜研究所の報告では、背景に自然環境の悪化があるとされます。その一つに気候変動があり、これにより病原体が拡散するのです。気温の上昇により蚊などの媒介生物が生息範囲を広げる。大規模な森林伐採や急速な開発を伴う都市化により、ジャングル奥地に住むウイルスなどが人々の生活圏に侵入する。そんな危険性が挙げられます。一見すると森林伐採は感染症と関係のないように映りますが、根底では繋がっているのです。

年々加速するグローバル化や人口増加により、ヒトと動物の接触・拡散機会が増える中、どのような対策があるのでしょうか。一つの取り組みとして「ワンヘルス(One Health)」があります。「人の健康、動物の健康、環境の健康(健全性)は、生態系の中で相互に、密接につながり、強く影響し合う一つのもの」と捉えるのです。つまり、ヒトと動物の関係にとどまらず、私たちの健康に影響を及ぼす環境を一体的に考えるのです。

ワンヘルスは人獣共通感染症への対応にとどません。薬剤耐性菌対策、環境保護による多様な生物のすみ分け、愛玩動物との好ましい関係性を保つための人と動物との共生社会づくり、健康づくり、健康を支える「安全・安心」な食と「食育」推進、の計6つの柱を課題とし、取り組みが始まっています。

7日付の日本経済新聞では気候変動により食料生産の地域間格差が広がるという記事が掲載されていました。途上国など経済的余力や技術力がない国や地域は、農業技術開発やインフラ整備を自力で進めることが難しく、気候変動の影響を「無防備な状態」で受けることになるというのです。記事では食料生産に焦点をあてていましたが、これは人獣共通感染症やワンヘルスへの取り組みにも関わることだと感じます。世界が一体となって取り組まねばなりません。

ワンヘルスを重点的に進めている福岡県を紹介しましょう。2016年に北九州市で開催された、世界獣医師会と世界医師会によるワンヘルス国際会議では、「福岡宣言」が採択され、理念から実践に移行する契機となりました。20年12月には、世界初のワンヘルス推進基本条例を独自に制定し、理念の浸透と実践に向けて大きく動き出しています。今年2月16日には日本獣医師会の藏内勇夫会長が岸田首相に11月に福岡で開催されるアジア獣医師会連合大会への出席と、ワンヘルス推進への支援を要請しました。さらに4日8日には野生動物などの動物全般の感染症状況を把握する全国初の動物保健衛生所を、みやま市に設置するとの発表がありました。九州大学でも今年2月に、中国の大学と連携して、医学、獣医学、公衆衛生、農学などの幅広い専門家や行政機関の人々による研究成果を発表し議論する会を開催しました。筆者も参加しましたが、ワンヘルス実現のためには、一つの分野からの対策・研究だけでは足りないと痛感しました。

歴史に名をのこす天然痘こそ撲滅されたと宣言がありました。ここではワクチンの開発で予防が可能となったこと、人間のみの病気であったことが大きな要因となりました。一方で、新型コロナウイルスやインフルエンザウイルスは人間以外の野生動物にも感染する人獣共通感染症の一例であるため、野生生物のコントロールという難しい問題も考慮しなくてはなりません。さらに頻繁な変異や無症状感染により根絶は非常に困難になります。

私たちはさまざまな動物、病原体などと共存しています。深刻な感染症を防ぐためにも、「ワンヘルス」のさらなる浸透に期待が高まります。

 

参考記事:

7日付 朝日新聞朝刊(福岡13版)11面 オピニオン「「コロナ鎖国」と日本社会」

7日付 日本経済新聞朝刊(福岡11版)34面 経済教室「食から考える世界と未来⑥」

8日付 日本経済新聞オンライン「福岡県、動物の保健衛生を一元管理 感染症に備え」

 

参考資料:

NIID国立感染症研究所

公益社団法人日本WHO協会

厚生労働省

2020年7月7日 BBC「動物由来の感染症、今後も増え続ける恐れ=国連報告書」

2020年4月24日 ナショナルジオグラフィック 「年270万人が死亡する動物由来感染症 動物から人へどううつる?」

福岡県ワンヘルスホームページ