マスコミは大都市の新型コロナの新規感染者数や死者数を大々的に報じてきた。そして、累計の死者数は本日時点で大阪府は3054人。一方、東京都は3156人だ。東京の人口が大阪の約1.6倍であることを考えれば、大阪がいかにコロナの打撃を大きく受けたかが分かる。特に今年4月からの「第4波」では感染者が急増し、大阪の医療が逼迫した。
そのニュースを聞く度に大阪市西成区の釜ヶ崎地区を思い浮かべることが多かった。あいりん地区という俗称がつき、かつては「日雇い労働者の街」として知られていた釜ヶ崎。そこで生きる人々の感染や雇用が気にかかっていた。私は大阪に向かい、現地で日雇い労働者や野宿生活者の自立を支援するNPO法人釜ヶ崎支援機構の事務局長・松本裕文さんにお話を伺った。今回は、その中で印象的だった昨年の特別定額給付金の話を書く。
「みんなでこの状況を乗り越えていく中において、全ての国民に配る方向が正しいと判断した」。昨年4月の記者会見で安倍前首相がそう言った10万円給付。この制度は当初、住民票を置ける住まいのないホームレス生活者が給付からもれてしまう問題があった。そこで松本さんらは給付手続きの締め切りまでに居宅保護を受けて、住民票を取ることを支援した。ただ、ホームレス支援には様々な考え方があり、NPO釜ヶ崎は必ずしもホームレス生活者が定住先を持てるようにするということにこだわっていない。そのため、別のやり方での給付を求める活動も並行してすすめた。
その一つが、自立支援センターや各地のシェルターなどの一時生活支援施設での住民登録を求めるものだ。シェルターとは、ホームレスに対して自治体から提供される一時的な宿泊所で、釜ヶ崎地区の場合、NPO釜ヶ崎の事務所の向かいにある。ここには532台のベッドが用意され、季節によって変動はあるものの約200人が宿泊している。
昨年6月13日に公明党の国会議員2人がこの施設を訪問したことから、特別定額給付金の支援からもれる人がいる現実を知ってもらった。政治家の影響力は大きく、訪問の4日後には総務省が「ホームレス等に対する住所認定の取扱いについて」という通知を全国の自治体宛てに出す。一定の条件の下では、シェルターやネットカフェなど短期間の宿泊を想定した施設でも住所を置くことができるようになった。松本さんは言う。「議員さんに来てもらうと早いんですよね」。
あいりんシェルターはコロナ禍までは住民票とは無縁だった。それが総務省の通知を受けたことで、120人がここを住所とすることができ、10万円の給付を受けられた。ただ、通知の通りに全ての施設で住所登録がされるようになったわけではない。例えば、大阪市のケアセンターで住民登録した人はほとんどいなかった。それを支援する動きがないためだ。
仮にNPO釜ヶ崎支援機構が住居以外でも住民票を認めるよう求める活動をせず、国会議員があいりんシェルターを訪問していなかったら・・・。シェルターや簡易宿泊所、路上などで移動生活をする人々はきちんと給付金を受け取れていただろうか。大いに疑問が残る。
特別定額給付と同様、ワクチン接種についても、NPOの仕事は重大だった。宿泊者の多くを高齢者が占めるあいりんシェルターでは、ベッドが一つの空間に密集しており、クラスターのリスクと隣り合わせだった。産業医からは利用者の7割の接種を目指すよう言われたが、それには国の優先接種の対象外である64歳以下の接種が欠かせなかった。松本さんらが近隣の防災会や済生会の職域接種の余りを集め、何とか7割に達成した。「接種率を上げなければならない集団生活の環境。64歳以下という理由で後回しにするのはあまり合理的ではない」。
松本さんは、このように国が政策を実行するにあたって具体的な事態を十分に想定せず、結果的にNPO釜ヶ崎のような現場に対応を依存していることを問題視する。「国のロジスティックスの弱さにはだいぶ悩まされました」。
制度を形式的につくるだけでなく、実際の運用も保障するよう努める。これこそが、政府がその政策の重要性を真に理解している証なのだと思う。
参考記事:
2020年4月24日 朝日新聞デジタル「(社説)一律10万円 何のための給付なのか」
参考資料: