「500を数える鋳物工場、キューポラという特色ある煙突。江戸の昔からここは鉄と人、汗に汚れた鋳物職人の街なのである」
吉永小百合のデビュー作、1962年に封切られた映画「キューポラのある街」の冒頭で流れるナレーションです。舞台は埼玉県川口市。古い日本映画が好きな筆者も動画配信サービスで観ることができました。吉永小百合演じる主人公ジュンを取り巻く人間模様。貧困や民族問題などに苦しめられながらも、不屈の精神で時代を生き抜いた人々の姿が描かれています。ジュンの父も鋳物工場で働く職人の一人。映画ではどこからともなく立ちのぼる工場の煙が印象的でした。
そもそも鋳物とは、高温で溶かした金属を型の空洞部分に流し込み、冷やして固めたもの。キューポラは、銑鉄を溶かすのに用いる円筒型の直立炉のことです。
映画がきっかけとなり、筆者は川口を訪れました。JR駅を降り立つと、鋳物でできたキューポラと鋳物職人のオブジェがありました。驚くことに「川口駅」と描かれた看板も鋳物でできています。
荒川から鋳物に適した砂や粘土が採れたこと、江戸という大消費地に隣接していたこと、日光御成道や舟運によって原料・燃料・製品の運搬が便利であったことから鋳物産業が盛んになりました。昭和30年代まで、鍋などの日用品鋳物を扱った小売店が軒を並べていたそうです。Googleマップで「鋳物工場」と調べると多くヒットしますが、ポツンポツンとあるだけで映画に出てくるような工場街は見つかりませんでした。
もっと深く鋳物の歴史を目にしたいと考え、川口市立文化財センターに行きました。最盛期の昭和48年には鋳物組合員が600社を超え、生産量は40万7000トンに達していたことを知りました。それが今では組合員109社、生産量も見る影もないほど減っているとのことです。
7日の読売新聞では、川口市のマスコットキャラクター「きゅぽらん」が誕生10周年を迎えたことが紹介されています。名前の由来はもちろんキューポラ。川口の星に、との祈りを込めて胸にはKのイニシャルが。しかし、その愛くるしい表情とはうらはらに、地元の鋳物生産が直面する課題は山積みです。
8日の日経新聞では鋳物生産について「悩み多き繁忙期」と評していました。コロナ禍の影響で落ち込んでいた需要が盛り返してきてはいるものの、原材料の鉄スクラップや銑鉄は値上がりし、働き手である外国人技能実習生の入国も入管の水際対策で原則として停止状態です。
国内の製鉄メーカーが脱炭素につながるとして、電炉や高炉を積極的に使用していることが、鉄スクラップの値上がり要因のひとつに挙げられます。皮肉なことに、地球を守ろうとする取り組みが、鋳物産業への原材料の値上がりという形で苦しめているのです。
川口は「本当に住みやすい街大賞2021」で去年に続いて1位を受賞しています。その理由の一つに住宅開発があります。廃業した鋳物工場の跡地はマンションを建てるのにちょうどよい広さとされ、以前から建設ラッシュが進んでいます。都心から川口に移り住む層も多いそうです。工場を営む人と川口に移り住んだ人との相互理解が、これからの課題でしょう。
生産が回復したとしても、後継者難や安価な海外生産へのアウトソーシング化などで退潮は続く一方かもしれません。川口に住む若者層は鋳物のことを果たして知っているでしょうか。この流れを食い止め、伝統産業を絶やさないためには、私たちが身近な鋳物に目を向けることも大切です。
マンホールやドアノブ、スキレット、鍋など、一度探してみて、川口とのつながりを考えてはいかがでしょうか。
参考記事:
7日付 読売新聞朝刊 埼玉13版 23面 「人気きゅぽらん10周年」
8日付 日経新聞朝刊 埼玉 33面 「鋳物生産、悩み多き繁忙期」