被災した鉄路 鉄道での復旧が最善なのか

日田の暑さを甘く見ていた。容赦なく照り付ける日差しに力が入らない。長袖長ズボンで来たことをひどく後悔した。

ここは大分県北部にある人口6万人ほどの町、日田市。盆地のため夏は暑く冬は寒い。筆者が訪れた6月7日は車の温度計で33度を超えていた。急いでエンジンをかけ、クーラーを効かせる。それでも町の中心地から10分ほど車を走らせると九州山地の青々とした山々が車窓いっぱいに広がり、眼下の川には水がしぶきを上げて勢いよく流れる。気持ちも涼しくなった。

玖珠川とJR久大本線(日田市、2019年9月、筆者撮影)

この大自然も牙をむくことがある。日田を含む九州北部は度々豪雨の被害を受けてきた。2012年には熊本、福岡、大分の3県で30人、17年では福岡、大分両県で40人、20年には3県で73人の方が豪雨に伴う川の氾濫などで亡くなった。

鉄道もその被害を避けることはできなかった。線路には土砂が流れ込み、トンネルが崩落し、鉄橋が川に流される。このため不通を余儀なくされた。観光特急が走るような路線であればJRも精力的に復旧を急ぐが、普通列車が一日に20本にも満たないようなローカル線ではなかなか進まない。

日田彦山線は福岡県北九州市の城野駅と大分県日田市の夜明駅を結ぶ全長68.7kmのローカル線。このうち夜明側の29.2kmが17年の豪雨被害で不通となった。復旧を巡っては、鉄路の維持を求める自治体に対し、JR側が自治体に財政支援を求めるなど協議が長期化。この間、同区間は一般道を通る代行バスが運行された。そして昨年7月、BRTと代行バスの併用で妥結した。

BRTとはBus Rapid Transitの略で、専用の走行線を走るバスを指す。BRT化が決まった彦山駅―宝珠山駅間ではレールが取り払われ、線路をコンクリートで固めてバスが走れるように工事がなされていた。

BRT化工事の様子(彦山駅付近、7日、友人撮影)

 

既にBRTの運用が始まっている東北沿岸部(柳津駅、2019年9月、筆者撮影)

BRTの最大の魅力は定時性である。専用道を走ることから交通渋滞に巻き込まれることは全くない。今回BRT化が決まった区間には冬の積雪量が多い宝珠山エリアが含まれる。代行バスの運転手によると、一般道を走る現在の代行バスは冬場にはスタッドレスタイヤに交換し、日によってはチェーンまで装着することもあるという。それでも安全運行に支障が出る場合は運休になる。昨冬は3日連続で運行が止まった。山越えで一切トンネルがない一般道に対し、BRT化する鉄道線は大半がトンネルだ。「明かり区間(トンネル以外の部分)が少ないから、除雪が間に合うようになるかもしれん」と期待する。

現在の代行バスが走る国道211号線と国道500号線は片側一車線ではあるが、道幅が狭く、大型トラックも頻繁に行きかう。代行バスの運転士は「雪でスリップしてぶつからないか不安だったから、あそこを通らずに済むようになって良かった」と笑みを浮かべる。

停車駅の数も沿線住民にとってはうれしい情報だ。被災前、日田彦山線の添田から南には9つの駅があった。被災後、代行バスでは停留所を容易に増やせることから20へと大幅に増やした。これが沿線住民にはかなり好評で「鉄道駅の中間地点に住んでいる人から『ここに駅(停留所)ができてよかった』という声をよく聞く」という。このうち、BRT区間は山深いところのため、代行バスの停留所は鉄道駅より二つしか増やされていない。そのためBRT化後もその2駅が減らされるだけだ。

鉄道というのは急勾配に弱いため、できるだけ高低差をつけないように設計されている。一般道と比べてトンネルが多いのもそのためだ。夜明駅は駅が道路よりもかなり高い位置にあり、26段もの階段を上らなければたどり着けない。日田方面の列車に乗るにはさらに跨線橋の階段29段が待ち構える。筆者が調べた代行バスでは4人の利用者全員が高齢者で、中には杖をついて非常にゆっくりとバスを降りる方もいた。足腰の悪い人にとっては鉄道駅よりもバス停の方がいいだろう。

夜明駅までの階段(8日、筆者撮影)

日本全国にはJR路線が合わせて172本ある。このうち約8割に当たる137本がコロナ前から赤字である。JR東日本や東海、西日本、九州の4社は新幹線や大都市近郊の在来線、ターミナル駅の不動産などの利益の一部をローカル線の維持費に充てることで黒字を保ってきた。しかし、リモートワークの普及によって稼ぎ頭の収入が激減しているのは言うまでもない。JR西は8日、広島県北部と岡山県を結ぶ芸備線の利用減について話し合う場を設けるよう一部の沿線自治体に申し入れたと発表した。「存続、廃止は議論対象でない」としているが、廃線につながる可能性はゼロではない。コロナ禍によるJRの経営難により、ローカル線の廃線のリスクは大いに高まったであろう。

日田彦山線のBRT化決定によって、同線は鉄道、一般道を走るバス、BRTの3つの交通手段が用いられることになった。利用者数や地形などといった沿線の事情を考慮したものである。もちろん、鉄道での復活を望む声はあった。大の鉄道ファンである筆者もかなりショックを受けている。しかし、鉄道でなくても街を活気づけることは可能である。「まちのシンボル」云々の前に、まずは公共交通機関としての利便性を満たすことが必要であると思う。

 

地球温暖化に伴う自然災害、地方の高齢化と過疎化、自治体の財政難・・・この国が直面する数々の問題が複雑に絡み合う様子を今回の取材で目の当たりにした。資金が十分にない以上、できることは限られている。何が必要で、何だったら他でも代用が効くのかをきちんと見極めることが求められている。

 

参考記事:

朝日新聞デジタル「ローカル線、30年で大激減 大都市との格差鮮明」

朝日新聞デジタル「利用低迷の芸備線、JR西日本が地元と存廃視野に協議へ」

 

参考文献:

東洋経済オンライン「JR東日本の新幹線『一番稼げる』のはどこか」

東洋経済オンライン「JR大赤字線は100円稼ぐのに800円もかかる」