先月、ロシアで激しい反政府運動が起きました。デモが実施された都市は、モスクワやペテルブルクをはじめ全国で190超。多くの民衆が立ち上がり、反体制派の指導者ナワリヌイ氏が拘束されたことに対して強い抗議の意思を示しました。日本の新聞報道によると、若者や女性など、今まで政治活動に関わってこなかった層までもが参加しています。治安当局は、コロナ拡大防止対策を口実に、デモの許可を与えず、参加者を無作為に拘束しているそうです。
とはいえ、新聞の紙面だけではロシアの内情はよく分かりません。流血の事態になっているのか、平和的な域で収まっているのか。収束の見通しは立っているのか、終わりが見えていないのか。ロシアの大学で日本語教師を勤めた経験を持つ、筆者の先輩にご協力いただき、詳しい情報を収集しました。
まず、抗議運動の発端の一つとなった、ナワリヌイ氏の関連団体「反汚職基金(FBK)」が公開した動画について。先月公開されたこの動画は、黒海沿岸の豪華な「宮殿」をプーチン大統領が所有している、と告発したものだと日本で報道されています。視聴回数は1億回を超え、大きな波紋を呼びました。実際には、プーチンが所有している建物という訳ではないようです。動画の内容はホテルのCMに過ぎません。
デモは近年にない規模で全国的に展開されましたが、死者が出たという発表はありません。血の日曜日事件のような惨事には至らず。合計約1万人の参加者が治安当局によって拘束されましたが、問答無用で、拷問を加えられることもありません。1万ルーブルの罰金が課せられ、職場や学校に拘束された事実が通知されます。多くの大学や高校は、デモへの参加が判明したら放校処分を下すと、学生や生徒を脅迫しています。実際に、アストラハンの大学では3名が退学となりました。日本でも、キャンパス内の政治活動に関連して停学処分をくらう学生はいますが、学外の活動によって即座に退学というのは厳し過ぎるように感じます。
社会的・経済的悪影響も特段生じていません。治安は、モスクワを始めとする都市部で一時的に悪化したものの、経済面では特段足を引っ張っていないと思われます。ストライキやボイコット等は発生せず。むしろ、コロナ禍の方が、治安や経済に深刻な影響を与えています。
今月4日には、ナワリヌイ氏の右腕であるレオニード・ヴォルコフ氏が、抗議デモの一時停止を呼びかけました。今後は外交政策を活用して、2年半の懲役刑が課されたナワリヌイ氏の解放を目指すとしています。2011〜12年の反政府運動が目立った成果を上げないまま、自然収束してしまった教訓からか、緩急をつけた運動を指向しているようです。連邦政府への訴えは一定程度アピールすることが出来たと判断したのでしょうか。今後は、秋冬に予定されている議会選挙に狙いを定めて、別の手段で活動を継続します。
尚、極東のハバロフスクでは、昨年にもデモが発生していますが、今回の件とは関係ありません。フルガル前州知事は、決して反プーチン的な姿勢を見せていなかったものの、上部組織である連邦政府と与党出身の役人らに辟易した地元住民の間で板挟み状態が続いていました。連邦政府側が状況を打開すべく、知事職を解任した結果、住民が大規模なデモを起こしたのです。あくまで、ハバロフスク州固有の問題であり、ナワリヌイ氏や反汚職基金が裏で手を引いたことはありません。
今回の反政府運動が、国際情勢に与える影響については限定的だと見込まれます。プーチン政権下では、今まで、内政が外交に与える影響は殆どありませんでした。支持率の回復を狙って、外交態度を豹変させたり、クリミア半島や南クリル諸島(北方領土)訪問などの示威行動を乱発したりすることは考えづらく、今までと同程度の強気な外交姿勢が維持されるでしょう。
欧州の首脳らは、ナワリヌイ氏に対する毒殺未遂事件を批判したものの、ロシアとEUの関係がさらに悪化する可能性も低いと見られます。欧州は、自前のコロナワクチンが不足している状況なので、ロシア製ワクチンの輸入を検討しています。加えて、クリミア問題のときのような対露制裁を発動する経済的余力は今や残っていません。EUは強気に出たくても、出られないでしょう。
幸いにも、国際情勢に激しい波風を立てるような大事には至らなさそうです。死者がいなかったことにも安心しました。ただ、プーチン政権の根本的な問題は放置されたまま。政権の対応次第では、デモが再発することも十分あり得ます。ロシア情勢を引き続き注視したいと思います。
参考ウェブサイト:
Wikipedia – 2021 Russian protests