大阪万博に足を運ぶと、会場の北西部、モビリティエクスペリエンスに展示されている大きなドローンに目が引かれました。それは2028年までに商用運行を目指しているエアータクシー「空飛ぶ車」でした。「皆さんの未来の身近な移動手段です」と説明をしてくれた新興企業スカイドライブ社(愛知県豊田市)の中川賢治さん(48)にお話を伺いました。
「『空飛ぶ車』と聞いて、どこが車なのか?車輪はないじゃないか?と疑問に思う人は多いでしょう。これはただの愛称で、車のように手軽に空を移動したいという思いが込められています」と話す中川さん。正式名称は「電動垂直離着陸型航空機」です。ヘリコプターとして登録したうえで特別な許可を取り、万博でデモ飛行をしているといいます。
「空飛ぶ車」には大きく分けて2つのカテゴリーがあります。大きな翼をつけて都市から都市を移動する中距離タイプとタクシーのような短距離タイプです。万博に展示されているのは後者で近場の移動での新たな交通手段として開発されました。
機体には12枚のプロペラがついており、全て独立したモーターで動きます。搭載されているセンサーが機体の状況を感知し、プロペラの回転数を変えることで、非常に安定した飛行ができるといいます。6枚が時計回り、残りの6枚が反時計回りをすることで空気を押し下げる力が発生し、機体が浮き上がります。プロペラが平面ではなく傘状に取り付けられている点も大きな特徴で、鳥や障害物に接触してプロペラが破損しても他のプロペラにあたることがないように設計されています。
パイロットを含めて3人まで乗ることができます。満員時の機体の重さは約1400キロと乗用車一台分です。約30分の充電で、15分程度飛ぶことができるといいます。最大速度の時速100キロで進むと25キロ進める計算になります。また、安全面では一般のヘリコプターの動力となっているエンジンに比べ、モーターは非常に故障率が低いとのことです。最大で2つのプロペラが故障しても、他のプロペラの回転数を調整することで飛行が可能だといいます。
一番の特徴は大きな音を立てることなく離発着が可能なため、都市部を飛行できることです。ヘリコプターは離発着時、エンジン音やプロペラのパタパタという音がします。機体は電気で駆動しているため、とても静かなのです。
では、なぜこのような航空機を開発しようと思ったのでしょうか。そこには大阪特有の交通事情があるといいます。大阪の地下鉄は縦横に路線が伸び、網目状になっているため、対角線の移動では多くの時間がかかります。そこで駅を縦横だけでなくダイヤモンド型に結んでいく「大阪ダイヤモンドルート構想」を大阪メトロと一緒に進めているのです。
空を使い直線距離で移動する「空飛ぶ車」は28年に商用運行開始を目指しており、大阪がもっと便利な街になっていくと話してくれました。筆者が通学する都内は地下鉄が複雑に張り巡らされているため、移動で困ったことはありませんでした。一見、同じような大都市、大阪ですがこのような事情もあり車が重要な移動手段となっていることを感じました。このような、都市の造りは神戸や名古屋も同じです。
また、万博の会場から六甲山方面まで行く際は大阪を経由して遠回りする必要があります。橋は2か所しかなくとても混みます。このような地域でも大いに活躍できるのではないかと中川さんは話します。
「空飛ぶ車」は災害時にも活躍できるといいます。現在、救急活動ではドクターヘリが使われていますが、パイロットや整備士のなり手不足という深刻な問題を抱えています。ヘリコプターは両手両足を使って操縦しますが、空飛ぶ車は、車でいうオートマのようなもので比較的簡単に操作でき、パイロットも育てやすいのです。
また、商用ヘリコプターでは経験を積んだパイロットが操縦するため、50歳を超えている人が多くなっています。近い将来、筆者と同じ世代の人が「空飛ぶ車」を操縦する日がくるのではないでしょうか。
このような航空機の開発を進めている企業は世界で2000社以上あります。最もリードしているのはアメリカで、ドローンの開発で注目を集めている中国が続きます。日本で商用として開発しているのはスカイドライブ社だけです。人を乗せるということで、何があっても墜落は許されません。ドローンは重たくなると制御がとたんに難しくなります。実際に機体の半分は航空機メーカーに部品を供給している会社のパーツを使い、高い安全性を担保しているといいます。これは単なるドローン作りではなく、航空機のように作るから難しい、と中川さんは話してくれました。
現在は広く普及している電気自動車も、開発時には多くの疑問や懸念があったと思います。しかし、法制度も変わり今では街中で見かける乗り物になりました。大阪の街を空から見るとビルの上にたくさんのヘリポートがあります。このスペースにいずれ「空飛ぶ車」がやってくるのでしょう。
参考記事:
8日付 日本経済新聞電子版「関西電力、大阪万博で空飛ぶクルマの充電設備提供 世界標準狙う」(https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUF167IW0W5A410C2000000/)
5日付 読売新聞オンライン「ANA、空飛ぶクルマで「エアタクシー」事業化へ…27年度にも首都圏・大阪などで」(https://www.yomiuri.co.jp/economy/20250805-OYT1T50156/)
3日付 朝日新聞デジタル「『空飛ぶクルマ』の実演飛行イベント 兵庫・尼崎で県、3日も開催」(https://www.asahi.com/articles/AST825F9VT82PIHB01LM.html?iref=pc_ss_date_article)