皆さんは、夏と聞いて何を思い浮かべますか?
海?スイカ?流しそうめん?――いいえ、もちろん怪談ですよね。
毎年、日本ではこの季節になるとテレビや雑誌で心霊特集が組まれ、ホラー映画も公開されるなど、怪談シーズンが到来します。筆者も一オカルト好きとして、楽しみにしている時季の一つです。
では、そもそもなぜ日本では「怪談の夏」と言われるようになったのでしょうか?
それには、大きく分けて二つの理由があります。
一つ目は、夏には「お盆」があり、先祖や怨霊と交わる季節とされているためです。日本の伝統的な夏の行事であるお盆は、祖先の霊がこの世に帰ってくるとされる時期です。一方で、供養されなかった無縁仏や怨霊も現れると信じられ、それらを鎮めるために幽霊や怪異を語る文化が生まれました。
二つ目は、江戸時代の歌舞伎における「涼み芝居」としての怪談演目の影響です。当時、夏の興行は暑さのため集客が難しく、人気役者も避暑のために休演していました。そこで未熟な役者でも演じやすい怪談芝居が上演されるようになりました。舞台装置や照明を活かし、下手な演技を大掛かりな仕掛けで補える怪談は観客にも好評で、夏の風物詩として定着していったのです。
こうした民族的行事と娯楽文化の融合によって、日本独自の「夏=怪談」というイメージが確立されました。
そこで筆者は、渋谷BEAMで開催されている「恐怖心展」に足を運び、一足先にゾワゾワする夏を体感してきました。
恐怖心展は、人々が本能的・生理的に抱くさまざまな「恐怖心」をテーマに7月18日から8月31日まで開催されています。筆者は開幕翌日の7月19日に訪れました。会場に足を踏み入れると、ひんやりとした空気が肌を撫で、来場者は薄暗い廊下へと誘われます。天井から吊るされた蛍光灯は不規則に明滅し、何かが始まりそうな気配に満ちていました。
展示の中で印象的だったのは、恐怖を感じさせるものが「高所」や「先端」といった一般的なトリガーだけではないという点です。たとえば「水」。透明で命に欠かせない存在であるはずなのに、底の見えない水面や深海の映像には、不気味さや得体の知れない不安を覚えました。また「電話」も同様です。普段は何気なく接しているはずの着信音や、無人の受話器から漂う沈黙に、じわりとした不気味さを感じたのです。こうした展示には、理屈では説明しきれない「不合理な恐怖」が潜んでおり、人間の深層心理に触れるような感覚がありました。
また、今回は友人と一緒に行ったのですが、同じ展示でも感じ方がまったく異なったのも興味深い点でした。筆者は平気でも友人が怯える場面があったり、逆に筆者だけが恐怖を感じたりと、恐怖の受け取り方が人によっていかに違うかを実感しました。
人間の恐怖心とは、だれにでも共通する普遍的なもののようでいて、実はきわめて個人的で繊細な感情です。恐怖心展は、そのことを理解できる貴重な体験の場でした。
ところで、「肝を冷やす」と聞くと、体に悪そうな印象を受けるかもしれませんが、実は恐怖にはポジティブな一面もあるのです。脳科学の研究によれば、人間が一時的な恐怖を感じたとき、アドレナリンが放出され、心拍数や血圧が上昇します。その際、ドーパミンなどの快感や高揚感に関わる物質も分泌され、実際に危険な状況を乗り越えて生き延びたと錯覚し、脳は「ストレスを乗り越えた快感」を覚えるといいます。つまり、恐怖体験は一種の脳のリフレッシュになりうるのです。
この夏、あなたも「自分の中に潜む恐怖」と向き合う体験をしてみてはいかがでしょうか?涼しさ以上の何かが得られるかもしれません。
参考記事
2025年7月18日付 ホラー作家 梨×株式会社闇×テレビ東京 大森時生による『恐怖心展』本日開幕。SNSで早くも大きな話題に|NIKKEI COMPASS
2023年11月13日付 なぜ「怖い」が「快楽」に?人がスリルを求める背景とは|日本経済新聞
参考資料
日本の夏は“ホラーの季節” 理由は「涼しくなるから」ではなく…歌舞伎との深い関係|テレ朝NEWS(2024年8月12日)