フェアユース:著作権者の許諾なく著作物を利用しても、その利用が一定の判断基準を満たすものと評価されれば、その利用行為は著作権の侵害にあたらない。
SNSを見ていると、しばしば美しいイラストに遭遇する。ある時は風景を描いたもので、またある時は有名キャラクターの二次創作が描かれていた。どれも美しいなと思いながら、そっといいねを押す。
そんな創作を生業とするコミュニティには、現在AIへの警戒感が溢れている。自分の絵が、文章が無断で学習されているのではないか。更には自分が時間を掛けて作ったものを、AIがものの数十秒で作れてしまうのだから仕事が奪われてしまうという懸念を抱くのは当然だろう。
AIと人間の関係は今後どうなるのか。世界が注目していた中、米国の司法判断が6月23日と同25日に下った。今回はその判決の妥当性や今後の展望を日米の著作権法に詳しい東洋大の安藤和宏教授(知的財産法)に伺った。(裁判の要旨は末尾に)
— 今回の2つの判決について、法的な観点から妥当か否かを教えてください
「妥当か否か、というのは一概には言えません。裁判には証拠が必要ですが、今回の2つの事例でどこまで原告側が証拠を提示していたかが不明確です。特に、2つ目のメタの事例では、証拠不足を理由に訴えを退けている。後で話しますが、証拠が十分に揃っていれば原告側が勝っていたかもしれない。ただそれにしても原告側からすれば、どちらもかなり厳しい判決だったと思います」
—原告側が敗訴したのは同じでも、2つの事例に違いはあったのでしょうか
「ありました。順を追って説明しましょう。まず、アンソロピックの事例では、かなり企業側に沿った判決となりました。というのも、フェアユースの規定を定める107条には4つの要素があり、特に4つ目の要素である『著作物の潜在的市場または価値に対する使用の影響』 (注:被告による使用が原作品に代替する可能性や、ライセンス収入を奪う可能性を指す)という項目は原告側の切り札のような位置付けです。今回はそれが否定されたうえでの判決でしたので、かなり衝撃的でした。」
—どのように否定されたのでしょうか
「市場の失敗理論というものがあります。①(市場が資源を効率的に配分するという本来の機能を発揮しない)市場の失敗が存在し、②被告の利用が社会的に望ましく、③かつフェアユースでも原告側のインセンティブが減少しない、という条件の下ではフェアユースが認められてきました。しかし、AIの学習を巡っては、ライセンスの供与という形の市場が形成されつつあります。例えば最近はアマゾンとニューヨークタイムズがライセンスの契約をしましたね。つまり、市場の失敗は存在しないものの、原告側が企業側とのライセンスを結べず不利益を被る可能性がある。この重大な要素を考慮しなかったわけです」
—メタの判決では市場の存在は考慮されていたのでしょうか
「されていました。しかも原告側が負けたとはいえ、その内容はかなり原告側に寄り添っていたものです。ここが大きな違いです。原告側はメタのAIが作者である原告の書籍 の再現により、ライセンス供与の可能性が損なわれたと主張しましたが、これらは証拠不足で訴えが棄却されました。しかし、その一方でメタのAIがテーマやジャンルにおいて原告作品と似たものを流通させた場合、市場の希釈化が発生するという観点では勝つ可能性があったとも判示したわけです。つまり2つの事例では、本質が全く異なる。そしてこのライセンス市場の捉え方が今後の判決に大きな影響を与える可能性がかなり高いでしょう」
—海賊版の扱いも焦点だった
「AIと著作権の扱いについては、すでに所管するアメリカ著作権局が見解を出しています。それによれば、学習と出力を一連の流れとして捉えており、海賊版を学習に用いたからといって直ちにフェアユースの適用が外されるわけではありません。ただ、適用されるかの判断において、マイナスの評価が入ることは避けられない」
「この点、メタの事例とアンソロピックの事例では判断の根拠が全く異なっています。メタの事例では、海賊版を利用して学習することと出力することを一体と見たうえで、つまり著作権局の見解に沿う形で違法ではないと結論づけた。一方で、アンソロピックの事例では学習と出力の段階を分けて判断した。学習段階で海賊版を使ったという点で判決を下しているわけです」
—つまり、アンソロピックの事例ではフェアユース以前の問題として、海賊版がアウトという原点にもどったという認識でいいでしょうか
「そうですね。著作権局の見解とは異なります。ただし、アンソロピックは生成AIの学習に限らず、将来的にさまざまな目的で利用できるライブラリーを構築するために、海賊版サイトから多くの作品をダウンロードしたことも考慮されていることに留意する必要があります」
—日本について伺います。日本ではAI学習にかなり甘いようですが、今後共存していく道は思いつきますか
「日本は著作権30条の4による規定で、AIによる学習に対して非常に甘いです。おそらく市場の希釈化を十分に想定していなかったもので、先走りすぎだと感じます。AIと人間を比べた時、圧倒的に有利なのはAIです。人間が創作に日単位の長い時間を要するのに対して、AIは指示を与えれば数秒で出力してくれる。このままでは多くの自然人の創作物がAI生成物に淘汰されてしまいます。そしてそうした市場の希釈化はすでに始まりつつあります」
「30条4の改正は難しいでしょう。そう考えると共存していくためにはやはりAI生成物に対する表示義務が有効です。すでにAI生成物を見分けるソフトも普及しつつあります。また、人の創作したものとは市場を完全に分割することも考えるべきです。知的財産法の市場に特定枠を設けて、人の創作物に対して損害を与えないような方法も考えられます。ただ、こうした方法であっても人の創作物の中にAI生成物が融合した場合の対処法を今すぐ決められるわけではありません。解を今すぐというのは難しいのではないでしょうか」
取材後記
市場の存在の捉え方次第で今後の判決が180度変わり得ると感じた。特に今回の判決では証拠不足によって却下されたこともあり、議論が生煮えだったことは否めない。今後十分に証拠が揃ったうえでの判決を待ちたい。
また、安藤教授が共存方法について解を得るのが難しいと述べていたところが印象に残った。AI生成物を巡る表示義務については、EUが先行しているので、人とAIの融合作品について今後どのように対応するかを注視したい。
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裁判要旨
【1号事件】
Bartz v. Anthropic (2025年6月23日判決)
原告:作家3人
被告:AI企業アンソロピック
争点:アンソロピックがAIチャットボットの学習のために書籍を複製したことが著作権侵害に当たるか
判決:人間の学びと類似した行為であり、変容的と認められるため、フェアユースに該当する。ただし、海賊版700万冊以上を中央ライブラリーに保管した行為についてはフェアユースを否定し、著作権侵害と判断。(企業側の一部勝訴)
【2号事件】
Kadrey v. Meta Platforms (2025年6月25日判決)
原告:作家13人
被告:大手AI企業Meta
争点:MetaのAIの学習のために書籍を複製したことが著作権侵害に当たるか
判決:Metaが海賊版の書籍から収集し、生成AIの学習のために書籍を複製した行為をフェアユースと認定。原告側が主張した市場希釈化の理論(注:AIによる出力過多が人の作る作品を追い出してしまうこと)は予備的には有力と評価しつつ、著作物の潜在的市場または価値に対する使用の影響の立証が不十分であるとして請求を棄却した。(企業側の勝訴)
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参考法律
アメリカ 連邦法第107条 排他的権利の制限:フェアユース
第106条および第106A条の規定にかかわらず、批評、解説、ニュース報道、教授(教室における使用のために複数のコピーを作成する行為を含む)、研究または調査等を目的とする著作権のある著作物のフェアユース(コピーまたはレコードへの複製その他第106条に定める手段による使用を含む)は、著作権の侵害とならない。著作物の使用がフェアユースとなるか否かを判断する場合に考慮すべき要素は、以下のものを含む。
・使用の目的および性質(使用が商業性を有するかまたは非営利的教育目的かを含む)
・著作権のある著作物の性質
・著作権のある著作物全体との関連における使用された部分の量および実質性
・著作権のある著作物の潜在的市場または価値に対する使用の影響
上記のすべての要素を考慮してフェア・ユースが認定された場合、著作物が未発行であるという事実自体は、かかる認定を妨げない。
日本 著作権法第30条の4
著作物は、次に掲げる場合その他の当該著作物に表現された思想又は感情を自ら享受し又は他人に享受させることを目的としない場合には、その必要と認められる限度において、いずれの方法によるかを問わず、利用することができる。ただし、当該著作物の種類及び用途並びに当該利用の態様に照らし著作権者の利益を不当に害することとなる場合は、この限りでない。
・著作物の録音、録画その他の利用に係る技術の開発又は実用化のための試験の用に供する場合
・情報解析(多数の著作物その他の大量の情報から、当該情報を構成する言語、音、影像その他の要素に係る情報を抽出し、比較、分類その他の解析を行うことをいう。第47条の5第1項第2号において同じ。)の用に供する場合
・前二号に掲げる場合のほか、著作物の表現についての人の知覚による認識を伴うことなく当該著作物を電子計算機による情報処理の過程における利用その他の利用(プログラムの著作物にあっては、当該著作物の電子計算機における実行を除く。)に供する場合
参考文献
アメリカ著作権法 = American copyright law / 安藤和宏 [著]
参考記事
朝日新聞デジタル6月25日配信 AI学習に書籍を無断利用、著作権侵害認めず 米連邦地裁が合法判決
同6月29日配信 AIの無断学習認める「衝撃」の米判決 企業・権利者への影響は
