1日およそ3.7時間。ある会社が調査した「耳のすきま時間」(耳が空いていて何かを聴ける時間)の平均です。
筆者は無類の音楽好き。音楽配信大手スポティファイの年間視聴時間は500時間にもおよびます。
先日、自動再生機能を利用し、おすすめされた音楽を聴いていると、どこか懐かしいような、けれど今まで聴いたことのないような音楽が耳に入りました。
曲のタイトルは「文通」。クレジットには「imase」さんと「松任谷由実」さんのお名前が並びます。
imaseさんは2000年生まれの新世代アーティスト。音楽活動開始わずか1年で、TikTokをきっかけに楽曲が話題となり、21年12月にメジャーデビューした今話題のアーティストです。他方、松任谷由実さんがデビューしたのは今から50年以上前の1972年。ユーミンの愛称で親しまれた松任谷さんは、「ひこうき雲」「やさしさに包まれたなら」など数々の名曲を生み出した日本を代表するアーティストのひとりです。
二世代のアーティストによる楽曲は、音響メーカー「ボーズ」の創立60周年を記念したプロジェクトがきっかけで誕生しました。「二人のリレー形式で1曲を完成させる」という斬新なアイディアから制作がはじまり、事前の打ち合わせもなしに、タイトル「文通」の通り、手紙をやりとりするようにメロディや歌詞を綴り仕上げたそうです。
曲中、繰り返し歌われる「答え急がないで」という歌詞について、松任谷さんはimaseさんとの対談で次のように話します。
「今はデジタル(の時代)で、結論は0か1。100はあるけど、100じゃなかったら0とか、結論の出し方が極端。アンチテーゼじゃないけれど、もっとアナログな、『間に味があるんだよ』という歌にしようと思った。文通というタイトルから」
対談では、楽曲制作の方法についても語られました。パソコンを使い、キーボードで音を打ち込み制作しているというimaseさんに対して、松任谷さんは「すぐ譜面に書く」。「拙い音で限定してしまうよりも、私にとってスケッチみたいなものが譜面」といいます。
またimaseさんは楽曲について「世代を超えたコラボレーションはあまりない。いろんな世代の方にきいてほしい。どう感じるか楽しみ」と期待を寄せました。
音楽は、世代を超えてつくられるだけではなく、世代を超えて受け継がれていきます。学生オーケストラに所属する筆者も、19世紀後半に書かれた交響曲を、21世紀に生まれた仲間と演奏しています。
デジタル時代の今、音楽の聴かれ方、出会い方は大きく変化し、多様化しました。スポティファイのグローバル役員であるグスタフ・イェレンハイマーさんは「特にここ数年、Z世代を中心に日本の楽曲が海外で広く聴かれている」「昨年、日本のアーティストが生み出した対価の約半分は、海外リスナーが聴いたことによるものだった」と話します。世界のどこかで生み出された音楽は軽々と国境を越え、今も誰かの耳に届き続けています。SNSで感想をつぶやけば、同じアーティストを好む人とも簡単に知り合え、様々な界隈でファンダム (熱心なファンによるネットワーク)がつくられるようになりました。
そんな誰とでも簡単に繋がれる時代に「文通」で歌われたのは、手紙によるたった一人の相手との繋がりでした。
いつでもどこでも会話を始めることができるチャットで、どれだけの時間、どれだけの文字数、相手と言葉を交わしたか。何人とやり取りをしているか。投稿した文章や写真にどれだけの「いいね」が集まったか。ひととの繋がりは可視化できるようになりました。そのことを実感し、安心することもできるようになりました。
「ひととの繋がり」。よく耳にする言葉ですが、その相手も方法も、ひとそれぞれです。誰かのことを思う気持ちは言葉にしなければ目に見えないし、言葉で言い表せるとも限りません。
繋がり続けなければいけないわけでもありません。もう会うことはないかもしれないけれど、時々ふと思い出すひととの出会いの価値は、繋がっているかどうかで測れるものではないと思います。
誰と繋がっていたいのか。どんな繋がり方をしたいのか。ゆっくり考えたいと思います。答え急がないで。
参考記事
2025年5月22日付 朝日新聞デジタル「CDが強い日本、配信どう伸ばす Spotifyが着目する『推し』」
参考文献
2023年7月22日 東海テレビ「全世界で再生回数40億超…imaseの曲作りはわずか3年前に岐阜の実家で始まった『根底は“歌謡曲”』」
2025年6月7日 NHK「3倍速再生も? 激化する“耳のすきま時間”獲得競争」
BOSE「ボーズ60周年スペシャルコラボレーション imase×松任谷由実」
YouTube「【imase×松任谷由実】文通 プレミアム対談」