近年、神奈川県の観光地・江ノ島や鎌倉エリアでは、インバウンドを中心とした観光客の急増により、オーバーツーリズムが深刻化しています。
筆者が2024年12月、友人とともに江ノ島に行ったときにも、その影響を実感する場面がありました。人気漫画『スラムダンク』のファンである友人に連れられ、アニメ版に登場する景色のモデルとされる「鎌倉高校前踏切」を訪れたのですが、駅から踏切にかけての道は、多くの海外観光客で溢れていました。
世界的に人気のある『スラムダンク』は、特にアジア圏で絶大な支持を得ており、聖地巡礼としてこの場所を訪れる外国人観光客が後を絶ちません。踏切付近では、「長時間立ち止まらないでください」「道路の中央では写真を撮らないでください」と注意を呼び掛ける警備員の姿も見られました。鎌倉市や江ノ島電鉄などが混雑緩和のために配置したもので、車道にまで出てカメラを構える観光客の整理に追われていました。
鎌倉市と藤沢市によれば、両市を訪れる年間観光客数は3,100万人を超えるとのことです。寺社仏閣や海岸線といった観光資源が豊富な地域だけに、特定の時期や時間帯、場所に観光客が集中し、交通渋滞や公共交通機関の混雑、ごみの不法投棄などの迷惑行為が問題となっているのです。観光客の増加は地域経済にとってプラスである一方、過剰な混雑やマナー違反は、地域住民との摩擦を引き起こす要因にもなり得ます。
こうした状況を受けて、国土交通省関東運輸局は昨年11月から今年2月にかけて、観光客の行動パターンを変え、人の流れの分散や平準化を目指す実証実験を実施しました。
焦点は観光ルートの「右回り」から「左回り」への転換です。一般的に、観光客の流れは鎌倉方面から江ノ島方面へ向かう「右回り」が主流とされています。これに対し、実験では藤沢エリアから江ノ島を経由して鎌倉へ向かう「左回り」ルートを推奨し、分散化を促しました。
具体的な施策は盛りだくさんです。左回りルートのモデルコースを紹介する特設サイト「えのかま巡り~左回りで快適に~」の立ち上げ、経路検索サイト「ジョルダン」へのルート表示の導入、さらには藤沢・大船エリアを起点としたデジタル駅スタンプラリー「めざせ鎌倉!大船・藤沢からはじまるえのかま巡りラリー」の実施などがあります。
実際に、筆者も江ノ島から鎌倉高校前踏切へと向かう「左回り」ルートで移動しましたが、道路は比較的空いており、逆方向の混雑とは対照的でした。
しかし、この施策の効果については、限定的だったとの指摘もあります。今年3月に行われた国土交通省による協議会での報告によると、約1,200万円の予算が投じられたものの、左回りルートの利用者はわずか1.3%の増加にとどまりました。その理由としては、事前の告知や実施期間が短かったことや、左回りルートでは江ノ島での夕焼けを見ることができないといったことが考えられます。
この結果を受けて、国土交通省は「分散化に効果があったとは検証できなかった」とし、事業の継続は見送る方針を示しています。
なお、日本政府観光局によると、25年3月の訪日外国人旅行者数は349万7,600人に達し、前年同月比13.5%の増加を記録しました。今後も、全国各地の観光地における訪日旅行者の増加は続くと予測されます。
観光による地域活性化を目指すうえで、地域住民と旅行者の双方がストレスを感じずに共存できる観光のあり方を模索することは喫緊の課題といえるでしょう。しかし、それを実現する施策の「効果」と「実行可能性」を両立させることは、想像以上に難しいという現実が、江ノ島・鎌倉エリアでの実証実験の結果から浮き彫りになってきます。
参考記事:
2025年1月17日付 日経新聞電子版『鎌倉・江の島観光「左回りで」』
参考資料:
江の島・鎌倉エリアにおける分散観光(左回り)を推奨し、促進する取組の一環として、デジタル駅スタンプラリーを実施します!- 本格キャンペーン第3弾 -|国土交通省関東運輸局