近年、お気に入りのぬいぐるみと旅に出たり、カフェに行ったりと、時間や空間、体験をともにする「ぬい活」が盛り上がりを見せています。雑貨店「3COINS」から専用のベッドや机が発売されるなど、ぬいぐるみは年々、多くの人に影響を与えるようになっています。2023年度のぬいぐるみの市場規模は391億円に達し、前年度から約2割も増えています。
預かったぬいぐるみが観光地を巡る「ぬいぐるみツアー」や、朝に預けられたぬいぐるみが日中、身体測定や給食などを「体験」する様子を撮影し、持ち主に提供する「ぬいぐるみ保育園」など、ぬい活はさまざまな形で広がっています。こうしたサービスを展開する金子花菜さんは、「ぬいぐるみと過ごすことで、子育ての感覚を味わっている保護者(持ち主)もいる。送迎の時間に保護者同士の交流が生まれることも喜ばれている」と話します。
筆者が所属している映画サークルの卒業生である金子由里奈監督の作品に、『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』があります。この映画は、自らの悩みをぬいぐるみに話すことで気持ちを和らげている人たちが集う「ぬいぐるみサークル」を取り上げています。サークル内でのルールとして「他人がぬいぐるみに話している内容を聞かない」というものがあります。人には話せないけど、ぬいぐるみには話せることがあるのです。
彼らがぬいぐるみを必要とするのは、ぬいぐるみ保育園のように「保護者」代わりになることではなく、むしろ、自分の気持ちを受け止めてくれる「理解者」だと感じているからなのかもしれません。
人には「居場所」が必要です。家族や学校はもちろん、趣味で出会った仲間たちが居場所となるのも素敵なことです。大切なのは、それぞれの居場所を否定することなく認め合うことではないでしょうか。早稲田大学の菊池准教授は「SNSなどの影響で、ぬいぐるみを大切にする人の行動を否定的に捉えられることが減ったのではないか」と分析しています。
多様性が重視される現代では、人種や性といった重いテーマが取り上げられることが多くありますが、それだけでなく、人が感じる「居場所」や安心感のあり方にも同じように理解と寛容さが求められるべきであると考えます。老若男女、時代を問わず愛されるぬいぐるみには、これからも人々を癒す存在となってほしいものです。
参考
5月10日 日経新聞夕刊 「相棒はぬいぐるみ 一緒に外出『ぬい活』拡大中」