「共通の敵」は本当に不正義なのか 映画「ウィキッド」から米国DEI廃止政策と世界の分断を考える

先日、アカデミー賞のあらゆる部門にノミネートされた映画「ウィキッド ふたりの魔女」を観ました。実力派俳優シンシア・エリヴォと、世界的ポップスターアリアナ・グランデの歌声に圧倒される、素晴らしい作品でした。

名作小説「オズの魔法使い」の前日譚である本作では、大学のルームメイトであった2人の少女が、いかに「悪い魔女」「善い魔女」と称されるようになったのかを描いています。国民にとって「共通の敵」は、本当に不正義なのか。急速に分断が進む現実世界と、共通点を見つけることができそうです。

 

※本稿では物語の詳細に触れています。

 

この作品は、魔法と幻想の国オズにとって共通の敵である「悪い魔女(wicked)」エルファバの死を、「善い魔女」グリンダと国民が祝う場面から始まります。「オズの魔法使い」の最終場面です。しかしその昔、エルファバとグリンダはかけがえのない友人でした。彼女らは大学時代、互いに反発し合いながらもかけがえのない友情を築いていたのです。

“Together, we’re unlimited(一緒にいれば無限大の可能性がある)” “Just you and I, defying gravity(2人で重力さえ逆らって)” と語り合う2人の運命がいかに分断されたのか。エルファバの出生まで遡り、壮大な音楽と共に描かれています。(英文は劇中歌「Defying Gravity」の引用)

エルファバは、歴史上「共通の敵」とされてきた人や国、団体の比喩であると捉えることができます。それは、ナチスにとってのユダヤ人やイスラエルにとってのパレスチナ人、ポピュリズムにおける外国人など、人によって連想する対象は異なるでしょう。筆者は、第2次トランプ米政権のDEI廃止を思い浮かべました。

 

トランプ氏は大統領就任2日目である1月21日、「DEI」を全面的に廃止するよう命じる大統領令に署名しました。DEIとは、diversity(多様性)、equity(公平性)、inclusion(包括性)の略です。女性や人種的少数者、性的少数者などを積極的に登用するもので、バイデン前政権の主要政策の一つでもありました。

しかし、白人男性の優位性が薄れてきたことに対する不満は大きく、揺り戻しの動きが強まっています。トランプ氏は、支持基盤である白人男性への求心力を強めようとしているのでしょう。人事評価にあたって性別や人種などを考慮することは「逆差別」に当たると強弁しています。

政権の意向は、官民の取組を大きく転換させています。人事管理局は連邦政権の各機関に対し、DEIの取り組みに関わる研修や契約の終了、関連ウェブサイトの閉鎖を求めました。また、マクドナルドやメタ(旧フェイスブック)、ボーイングなどの米国企業は、多様性に配慮した目標や採用方法を打ち切っています。

 

この影響は、米国外にも広がっています。アフリカ諸国では性的少数者を迫害する動きが強まっています。西アフリカのガーナでは3月、与野党の議員が同性愛を厳罰化する法案を提出しました。すでに東アフリカのウガンダでは2023年に同性愛を厳罰化する法が成立しています。最高刑は死刑です。同性愛者への差別意識は根強く、「一家の恥」として家族から命を狙われることさえあります。こうした動きが大陸全体を覆いかねません。

保守的な政策が幅広い支持を集めやすい多くのアフリカ諸国にとって、DEIといった西側諸国の方針は、行き過ぎた迫害などへの歯止めとなっていました。しかし、第2次トランプ政権の方針転換により、反LGBTQ政策を進めやすくなっています。

差別は、自然と生まれてくる現象ではありません。支持を集めるため、集団を結束させるため、意図的に設けられたものかもしれません。正義や不正義は、大きな声によって簡単に入れ替わります。分断が急速に進む今だからこそ、言論の背景にうごめく思惑まで読み取る力が必要です。

 

参考記事:

・4月14日付 朝日新聞朝刊5面 「LGBTQ難民 居場所消えるアフリカ」

・4月10日付 朝日新聞デジタル 「変わる米国社会への警鐘? 映画『ウィキッド』緑の魔女が抗うものは」 https://www.asahi.com/articles/AST4733LWT47ULLI001M.html

・4月5日付 朝日新聞デジタル 「(水上文の文化をクィアする)ドロシーの心を継承、重力に抗う勇気」 https://www.asahi.com/articles/DA3S16188039.html

・3月15日付 読売新聞オンライン 「『ウィキッド ふたりの魔女』最強シスターフッドとラストの絶唱に涙」 https://www.yomiuri.co.jp/otekomachi/20250310-OYT8T50028/

・3月11日付 日経電子版 「ジョン・M・チュウ監督 現代のアメリカンドリーム問う」 https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUD031CC0T00C25A3000000/

・1月21日付(4月16日更新) 朝日新聞オンライン 「【随時更新】トランプ氏が大統領令に続々署名 一目で分かる政策一覧」 https://www.asahi.com/articles/AST1L1T17T1LUHBI009M.html

 

参考資料:

・「ガザとは何か パレスチナを知るための緊急講義」,岡真理,2023年12月,大和書房

・映画「ウィキッド ふたりの魔女」HP https://wicked-movie.jp/