「報道は犯罪ではない」 フィリピンの熱狂

 一国の大統領が自らをヒトラーになぞらえ、「麻薬中毒者を私も喜んで殺したい」と発言。ユダヤ人社会から猛反発を浴びました。ところが、フィリピンのネット上で中傷を受けたのは、この発言を報じた記者の方でした。

 朝日新聞の記事によると、ロイター通信のフィリピン人記者2人に対しソーシャルメディア上で中傷が相次いでいます。彼らが書いたのは、ドゥテルテ大統領の冒頭の発言を報じた記事です。顔写真も公開されてしまい、2人は身の危険を感じ自宅を離れているようです。フィリピンジャーナリスト連合は、「報道は犯罪ではない」と声明を出し、攻撃を非難しました。

 フィリピンのドゥテルテ大統領とは、どのような人なのでしょうか。過激な発言を繰り返す様子が、米国のトランプ大統領候補に似ているとして「フィリピンのトランプ」と呼ぶ向きもあるようです。ただトランプ候補に公務の経験がないのに対して、ドゥテルテ氏はダバオの市長として実績をつんできた政治家です。強盗や殺人が頻発していたダバオを、強硬な取り締まりで治安を回復しました。

 今回の発言は、麻薬犯罪に対する厳しい取り締まりから出たものでした。6月30日の大統領就任以降、1375人の麻薬犯罪の容疑者が警官に殺害されました。この他、「ビジランテ(自警団)」による殺害や売人同士の口封じによる死者は2250人に上ります。朝日新聞は先月、取り締まりの実態を報じる記事を掲載しました。それによると、無関係の人々が巻き込まれ、遺族が無実を訴えるケースも出てきたということです。

 今回の記事を読んで、国内の熱狂の大きさに気づきました。国際関係のレベルでは、オバマ大統領への暴言で首脳会談を延期させるなど、各国を困惑させています。ところが、個人のレベルにおいては、取り返しのつかないことになる危険が大きすぎます。大統領は国内で人気が高く、支持率は91%に達します。繰り返されてきた暴言を報じただけで今回のような騒ぎが起こるなら、今後コントロール不可能に陥る危険があります。

 極端でわかりやすいことを言う人には、ついていきたくなります。ただ、治安の回復を看板に国家のトップになったからには、支持層の沈静化を図ることが仕事だと思います。10月の下旬には、来日しての安倍首相との会談が控えています。山積する問題の議論に入ることができるでしょうか。

参考記事:
10月5日付け 朝日新聞朝刊13版 13面『報じた記者にネット中傷』
10月5日付 朝日新聞朝刊13版 37面『言動過激 ドゥテルテ比大統領 なぜ人気?』
9月18日付 朝日新聞朝刊 6面『比の麻薬捜査、1100人超殺害』