「観光地化」されていない観光地ーインド・チャンドニーチョークを歩く

インドと聞いてどんなイメージがありますか。

 

やはり出てくるのが、「カレー」「お腹壊す」「カースト制度」などですよね。「インドに行ってみたいけど少し怖いな」と思っている人もいるかもしれません。しかし、ヒンディー語専攻で、インドに10か月間留学していた筆者からすると、「ぜひ行ってほしいおすすめの国」です。今までアジアの多くの国を旅してきましたが、インドのオールドデリーほど、人々の生活が身近に感じられる場所はありませんでした。今回は、インドの首都、デリーの中にある、チャンドニー・チョークをご紹介します。

レッド・フォート 2026年9月 筆者撮影

今から約400年前、ムガル帝国の第五代皇帝シャー・ジャハーンが、都をアグラから今でいうオールド・デリーに遷しました。そして彼が建設したのが「赤い城」として知られるレッド・フォートです。その前に広がるのが、皇帝の娘が整備したと言われている商業区チャンドニー・チョークです。その後、イギリスによる植民地化などにより、壊された建物、埋め立てられた運河などもありました。それでもデリーの商業、社会活動の中心地であり続け、現在でもその活気を保っています。

 

まず筆者はレッド・フォート側からチャンドニー・チョークに入りました。歩行者天国を歩いていくと、ジャイナ教、ヒンドゥー教、シーク教の3つの宗教施設があります。様々な宗教を信仰する人がいるとされているインドには、このように様々な寺院があります。

 

  ジャイナ教寺院

ジャイナ教寺院である、”Shri Digambar Jain Atishay Kshetra Lai Mandir” 2025年2月 筆者撮影

世界史の授業で習った方もいらっしゃるかもしれませんが、ジャイナ教で 重要な人物はマハーヴィーラー。「非暴力」が重要視されているため、肉食が厳しく禁じられています。玉ねぎやにんにくなど、土の中で育つ植物を口にしない信者も多くいます。教徒には歴史的に商業や金融業などに従事してきた人が多く、国の経済などに影響をあたえてきました。

寺の中には鳥の病院が併設されていました。様々な種類の鳥が一匹ずつ檻に入っていて、やはり「非暴力」を重要視する宗教という印象を与えます。内装は手書きで細かい絵が描かれており、かなり凝っていました。

 

シーク教の宗教施設

シーク教の宗教施設である、”Gurdwara Sis Ganj Sahib” 2026年9月 筆者撮影

インド人というと、ターバンを巻いた男性をイメージする人も多いのではないでしょうか。このターバン姿がシーク教徒です。15世紀末、グル・ナーナクによって始まりました。神は唯一の存在であり、すべての生命や宇宙の根源であると考えます。そして、重んじられているのが、カースト差別の否定と奉仕の精神です。

寺院内では、聖典の中の詩句が歌われ、演奏されています。内装は金色が使われ、シャンデリアのようなものもあって豪華です。信者たちは絨毯に座ります。そして有名なのが、「ランガル」という無料の食堂です。宗教に関係なく誰でも利用でき、豆や野菜のカレー、米などが振舞われます。希望者はご飯を作ったりよそったりなどの手伝いをしており、「奉仕」の精神が体現されています。

 

ヒンドゥー教寺院

ヒンドゥー教寺院である、”Shri Gauri Shankar Temple-Chandni Chowk ” 2026年9月 筆者撮影

インドに住む80%の人が信仰していると言われる宗教です。様々な神がおり、どの神を中心に信仰しているかは人それぞれです。重要な考え方は「ダルマ」という人が果たすべき役割や正しい生き方、「輪廻」という人は死後も生まれ変わりを繰り返すという考えなどです。

寺院の前にはたくさんの花が売られていました。花、とくに蓮や花びらなどをお供えすることが多く、神前はカラフルな花で飾られます。また、ろうそくではなく、バターを溶かしたギーと呼ばれる油に布を入れて火をつけています。

 

チャンドニー・チョークにある細い通り 2026年9月 筆者撮影

少し脇道にそれてみます。細い通りには服の店、布の店など、同じような店が何軒も並んでいます。そこを進むと、結婚式の準備のための市場に出ます。インドでは結婚式はかなり重んじられており、友達ではない人も招待するくらいです。何百人も客が来ることも稀ではありません。それゆえ、数えてはいませんが、ここには数百もの店がありそうです。

 

チャンドニー・チョークにある結婚式市場でみたアクセサリー 2026年9月 筆者撮影

結婚式のための服は、生地や装飾を選んでオーダーメイドで作ってもらうことが多いこともあり、きらびやかなパーツが多く売られています。母親と結婚を迎えるであろう娘が一緒に店を見て、良いものを探していました。値段にも質にも一切妥協しないという姿勢で、店主と交渉していたのがとても印象的でした。服飾品だけでなく、招待状やプレゼント包装も売られており、とても活気があります。

 

チャンドニー・チョークにあるチャイ屋 2026年9月 筆者撮影

歩き疲れたのでチャーイを飲むことに。よく知られているように、スパイスの入った甘いミルク紅茶です。一度沸騰させてから作るため、衛生面からも気軽に試しやすい飲み物であります。人が多く集まっているチャーイ屋はたいていおいしいです。

 

チャーイを飲んだ後、パニプリというスナックを食べることに。これは、球体のカリっとした薄い膜の中に、甘い水や辛い水を入れ、一口で食べるものです。一度に5個くらい食べることができます。今までにない不思議な感覚で、「インドのスナックで一番好き」という人も多くいます。人が多く集まっている店で食べたほうが安全でおいしいでしょう。

 

リキシャに自転車がついているような乗り物があります。値段はしっかり交渉しましょう。こんなおじいちゃんが?というくらい年配の人が後ろに客を乗せて自転車をこいでおり、「強いな」と感心します。これは、インド社会に根付くカースト制度が影響しているとも言えます。カースト制度は簡単に言うと、職業集団のことです。そのため、もしリキシャの運転手の家に生まれれば、一生その仕事をする人も多くいます。もしかしたらこのリキシャ運転手はずっとこの仕事をしているのかもしれません。そして、カーストにはランクのようなものがあり、差別も少なくありません。そのため、インド憲法ではカースト差別を禁止しています。しかしながら、制度自体や差別は現在でもインド社会に根強く残っているのです。

 

チャンドニー・チョークにあるスパイスマーケット 2026年9月 筆者撮影

スパイスマーケットに到着です。様々な種類のスパイスだけでなく、ナッツ類やドライフルーツ、黒糖などが何十軒にもわたって売られています。細い路地に入ると、唐辛子が多く売られている通りがあり、その粉ゆえか、ここでは多くの人がくしゃみをしています。そこを進んでいくと、パッケージが売られている店があります。そう、ここは小売りだけでなく、卸売りでも繁盛しているのです。荷台で退屈そうにする労働者たち、せっせと重い袋を運ぶ人たち、客と交渉する店主。チャンドニー・チョークでは、働いている人のほとんどが男性です。

 

ジャマ・マスジッド (Jama Masjid)2026年9月 筆者撮影

そこからまたサイクルリキシャに乗り、ジャマ・マスジッドに到着です。ここはインド最大のモスクと言われており、レッド・フォートを建設した第五代皇帝が建設しました。訪れたときはお祈りの時間ではなかったので、皆思い思いに過ごしていました。ここでおすすめなのが、モスクに立っている高い塔ミナレットに上ることです。そこからはモスクにいる人々の様子だけでなく、デリーの景色が見渡せます。

 

Karim Hotel 2025年2月 筆者撮影

ジャマ・マスジッドの近くには、「カリムズ・ホテル」という有名なカレー屋があります。ガイドブックにもよく載っている、有名なお店です。日本のバターチキンカレーは甘いイメージがありますが、それより少し辛い味です。また、ナーンは日本のものより薄く、一枚だと物足りないかもしれません。このカレー屋の付近はムスリム集住エリアで、肉類を使った料理を出すレストラン、ムスリム帽をかぶった人たち、ヒジャブを着た女性たちなどを多く見ます。

 

チャンドニー・チョークでみられる古い建物 2026年9月 筆者撮影

 

チャンドニー・チョークで働く人々 2026年9月 筆者撮影

これでチャンドニー・チョーク一日観光は終わりです。地図は載せられなかったのですが、それぞれが徒歩圏内にあるので、徒歩やサイクルリキシャで回れるかと思います。ここは、デリーの観光地として有名です。しかし、日雇い労働者が道具を持ち、仕事を待つエリア、商品がたくさん入っているのであろう重そうな袋を抱える店員の姿、よく見るとたくさんある、かなり古そうな建物、寺で祈る人の姿・・・。「観光地」として整備されているわけではない、人々の生の生活が目の前に迫ってきます。

 

確かに、観光地として整備された場所を訪れるのは、便利で安全です。しかし、「見ること」「感じること」が整備した側によってあらかじめ用意されているともいえます。先方が「見てほしい」伝統や文化を「その国、地域らしさ」だと思い込んでしまうことは少し危険をはらんでいます。

 

一方の観光地化されていない場所は、「見る場所」も「感じること」も本人次第です。さらに、そこに住む人の「生の生活」を見ることができます。現在、海外にも知られた場所の多くが観光地化されています。日本も例外ではありません。たしかに多くの訪問客を集めることができ、経済的にはプラスでしょうし、そうなるのは自然な流れだと思います。だからこそ、そうなる前に観光地化されていない場所を見ておくことは意外と大切なのかもしれません。それが、その場所をより深く「観光した」ことになるのかもしれません。

 

参考資料

辛島昇 他 (1992)「南アジアを知る辞典」