96歳の曽祖母と話して考えた、「生きる」ということ

お盆休みに実家に帰省し、久しぶりに96歳の曽祖母に会うことができました。聴力が落ちたため、最近は筆談を交えながらということが多くなりましたが、変わらず私たちは、昔話や最近あったことなど様々なお話をします。年齢は70歳以上離れているけれど、昭和の激動を生き抜いた曽祖母と一緒になると、話題が尽きることはありません。

 

とりわけ日本舞踊のお話を聞くことが大好きです。曽祖母は盆踊りで有名な地域で生まれ、物心つく前から踊りに親しんできたそうです。戦時中、モノも自由もなにもかもなく苦しい日々のなかでも、踊っている間は空腹や空襲の恐怖を忘れることができたといいます。やがて結婚してからも、3人の子を育てながら稽古に励み、発表会やコンクールに数多く出場してきました。

 

「男の花吹雪」を踊る曽祖母の写真(8月13日筆者複写)

しかし、30年ほど前から、身体の衰えのため徐々に踊ることが難しくなっていきました。そのため、筆者は踊る姿を写真のなかでしか見たことがありません。が、写真や賞状を見せながら話す曽祖母の顔はいつもいきいきとしていて、踊ることが大好きだったことが伝わってきます。踊れなくなってから、折り紙や編み物など別の趣味を見つけては楽しんでいましたが、それらも最近はしている姿を見ません。記憶力の低下により作り方などを覚えられなくなり、思うようにできなくなったそうです。また、たとえ何かに新しく興味を持ったとしても、体のことを考えて諦めるようになってしまったといいます。踊りができなくなって、折り紙ができなくなって、編み物ができなくなって…できることが一つずつ減っていくなかで、「生きる楽しさが感じられなくなってしまった」と話します。

 

年を取るにつれて体がどんどん言うことを聞かなくなり、考える力が失われていく実感があるといいます。今はまだこうして家族と会話ができるけど、今後は難しくなっていく不安が拭えず、将来を悲観しています。嬉しいことも悲しいこともどんどんと忘れていってしまうのが、辛くてたまらないそうです。

 

「生きていることが罪なのでは-」。そう考えてしまうときがあるといいます。もしかしたら、自分が生きていることで家族や世間に迷惑をかけていると感じているのかもしれません。これまで、私たち家族は長生きしてほしいという思いから、何度も励ましの言葉をかけてきました。けれど、それは本当に当人のためだったのだろうか。むしろ励ますことで苦しませてはいないだろうか。私たちのエゴを押しつけてはいなかっただろうか。曽祖母の言葉を聞いて、これまで言葉にしてこなかった様々な思いや感情が、胸の奥から込み上げてきました。

 

「生きる」ということの難しさを改めて感じました。人は生きていくなかで、楽しみや生きがいを支えにしているのではないでしょうか。彼女にとって、それは「踊ること」だったと思います。けれど、年齢を重ねるにつれて踊れなくなり、ほかの楽しみも一つずつできなくなっていく。生きるうえでの支えを失ったとき、人は何を頼りにして生きていけばいいのでしょうか。私にはまだその答えが分かりません。だからこそ、「長生きしてほしい」と願うだけでなく、曽祖母のために何ができるのか。これからも考え続けていきます。

 

参考資料:

2026年7月29日 朝日新聞デジタル「(やまうり園事件10年)『うちなる優生思想』を前に:3人の生を線引きする『気分』」