聴導犬「いて当たり前」の存在に

聴覚に障害がある人をサポートする聴導犬。その数は全国でわずか52頭。必要とする人に届いていない現状があり、認知度の低さも課題だ。今回、そんな聴導犬と生活する津田塾大学准教授の中條美和さんに話を伺った。

先天性の聴覚障害をもつ中條さんが初めて聴導犬を意識したのは、アメリカに留学していたときのこと。聴導犬の存在は以前から知っていたが、現地の教員が聴導犬と自然に生活している姿を目にしたことで、現実味を帯びた。「私にも聴導犬がいていいんじゃないかと思った」と中條さんは振り返る。

帰国後、埼玉の団体にコンタクトを取り、迎えたのが先代の聴導犬、次郎だった。雑種の次郎は、自分の軸をもつ、いわば「自分を持っている犬」だったと中條さんは笑う。苦労しながらも共に歩んだ次郎は、10歳を超えたあたりで引退することになった。

現在、中條さんのそばにいるのは2代目の聴導犬はるあみだ。全国浄土宗青年会「アミちゃん募金」による育成支援を受けているため、名前に「アミ」を入れることになっていたのがその名の由来だ。

まだ若く、好奇心旺盛なはるあみとの暮らしは、2人と1頭がかけた時間の積み重ねでできている。

聴導犬の訓練は、ある程度基礎ができた犬がユーザーのもとへ来るところから本格化する。ユーザーと訓練士が一緒になって、その人の生活に必要な「音」を聴導犬に教えていくのだ。

大学の教壇に立つ中條さんにとって特に助かっているのが、授業中のチャイムだ。以前は休憩時間になっても気づかず、学生に「先生、チャイム鳴ってます」と言われることもあった。今はチャイムが鳴ると、はるあみが知らせてくれる。

中條さんと聴導犬のはるあみ
(2026年4月23日 筆者撮影)

「見えない障害」を、見えるものに

聴覚障害は、外からは見えにくい障害だ。しかし聴導犬がそばにいることで、周囲の人々は中條さんの状況を自然と理解してくれるようになった。病院の待合室では、名前を呼ばれても気づかないと、スタッフが近くまで来て声をかけてくれる。「見えない障害が、見えるものになる」というのが中條さんの感覚だ。

社会の理解が進んでいる場面がある一方で、戸惑いを感じることも。ホテルを予約しようとした際、「泊まってもよいが、部屋を出るときはスタッフが付き添うので電話してください」と言われたことがあった。病院では入り口で止められ、「補助犬は全て受付でお預かりすることになっています」と告げられたこともある。

 

機械にはできないこと

近年、文字を起こすデバイスや振動で知らせるアラームなど、聴覚障害を補うテクノロジーも発展しつつある。それでも中條さんが聴導犬を選ぶ理由がある。「災害が起きると、機械は全部ダメになる」。停電や機器の故障が起きたとき、生きているパートナーだけが頼りになる。機械が壊れて音が出ていないのか、そもそも音がしていないのか、機械だけでは判断できない場面もある。テクノロジーと聴導犬、両方を組み合わせることが理想だと中條さんは考える。

 

「いたな」と思い出してくれるだけで

津田塾大学では、はるあみの存在はすでに学生たちにとって見慣れたものになりつつあるそうだ。廊下ですれ違えば、距離をとって通り過ぎる学生の姿がある。「聴導犬に触らない」「聴導犬の仕事を邪魔しない」というマナーが、学生たちに自然と根付いている。

中條さんが学生たちに伝えたいことは、決して難しいことではない。「そういえば大学に犬がいたけど、なんでいたんだろう。あ!あの先生聞こえなかったんだ、って思い出してくれるだけでいい」。日常の風景の中に聴導犬がいる。その記憶が、いつかの気づきにつながる。

津田塾大学千駄ヶ谷キャンパスに設置されているサイネージ
(2026年4月23日 筆者撮影)

全国52頭。中條さんはその数がもっと増えてほしいと願っている。聴導犬が「いて当たり前」の存在になった時、社会は変わるかもしれない。

次回は、聴導犬の普及に向けた課題について、日本聴導犬推進協会の水越みゆきさんへのインタビューをお届けする。