その石は誰が積んだのか?ー祈りの連鎖

嵐山の観光地の喧騒から少し離れた場所を歩いていると、見慣れない光景が目に留まりました。「亀峰山 平成院(きほうざん へいじょういん)」でのことです。平成14年に建立された真言宗大覚寺派の比較的新しい寺院で、観光名所のお寺というよりは、静かで心安らぐ空間です。境内には、お地蔵様の足元から、岩、鉢の淵に至るまで、寺の敷地全体に無数の小石が積み上げられています。この不思議な情景には、日本人が古くから抱いてきた祈りと、独自の死生観が息づいています。

(2026年3月15日 筆者撮影 積み石)

この石積みのルーツにあるのは、「賽の河原」の伝承です。古来、親よりも先に亡くなった子供は親不孝の罪を償うため、あの世とこの世を隔てる三途の川のほとり、賽の河原で石を積み上げ、仏塔を作らなければならないとされてきました。しかし、塔が完成する前に鬼が現れて崩してしまいます。そのため、子供たちは永遠に石を積み続けなければなりません。お地蔵様の周囲に石が積まれているのは、参拝者が「苦しむ子供たちの代わりに石を積んで手伝ってあげる」「亡くなった幼い命を供養する」という、慈悲の心から生まれた行為なのです。

(2026年3月15日 筆者撮影 積み石)

一方で、この境内にある無数の石のすべてが、必ずしもそうした信仰に基づいたものとは言えないでしょう。たとえば、観光地の池や泉で、誰かが投げ入れた硬貨につられて次々と人が小銭を投げ込んでしまう現象があります。この場所でも、それと同じことが起きているとも考えられます。賽の河原の伝承を知らなくとも、観光で訪れた人々がその光景に促され、「自分も石を積んでみたくなる」と真似ていきます。そんな素朴な連鎖が、この空間を少しずつ変容させていきます。

石は古くから「神仏が宿る依り代」や永遠性の象徴として扱われてきました。風雨に晒されても、形をとどめ続けます。石を観察してみると、苔むして風景に馴染んだ古いものから、新しいものまで、さまざまな時間が重なり合っています。悲しみや安らかな眠りを願う祈りを託した石と、見よう見まねで置かれた石。筆者の目には、ここが祈りと好奇心が入り混じる、どこか異様な空間に映ります。

(2026年3月15日 筆者撮影 積み石)