鯨が有名な太地町。前編では「太地町立くじらの博物館」から鯨文化について考えました。2009年、太地町でのイルカの追い込み漁をテーマにした米国のドキュメンタリー映画『ザ・コーヴ』が公開されています。後編では、世界に大きな衝撃をもたらした作品を通して太地町と捕鯨について考えます。
『ザ・コーヴ』は、米国の反捕鯨団体「ドルフィンプロジェクト」や「シーシェパード」が太地町に乗り込み、イルカの追い込み漁を批判するという筋書きで、米アカデミー賞長編ドキュメンタリー部門を受賞しました。しかし、『ザ・コーヴ』では、太地町で行う捕鯨活動の実態を無断の隠し撮りという手法で撮影しています。
漁師の顔はそのまま映し出され(日本で公開されたものにはモザイクがかかっている)、現地住民を完全に「悪」として扱っているように捉えられます。さらに、作中で捕鯨を隠し撮りしたシーンの海は不自然なほどイルカの血で赤く染まっており、違和感を覚えます。『ザ・コーヴ』が決して客観中立の立場ではないことは否めません。
「くじらの博物館」には、かつての捕鯨において最後のとどめを刺す役割である「刃刺(はざし)」に焦点を当て、「最後の刃刺」と呼ばれた一人を特集した展示があります。その方の玄孫が小学校6年生の時に「古代捕鯨の研究」に取り組んだ授業の成果も展示されています。町にとって捕鯨は、世代を超えて人と人がつながる伝統であり、頭ごなしに自らの価値観で捕鯨を否定することは、長く続いてきたコミュニティを壊しかねない乱暴な振る舞いと思われます。
太地町の捕鯨は、比較的近くの海で10トンより小さな船で行う沿岸漁業の一つに位置付けられ、海産哺乳類は水揚げの約30%を占める重要な品目となっています。ここでは、古くから銛でくじらを突いて捕獲する方法が使われており、「くじらの博物館」には、かつて実際に使われていた銛や、それを発砲する「単発砲」が展示されています。
確かに展示されていた単発砲は大きく、想像を超えた威力で銛が発射されるのだと思いました。映画『ザ・コーヴ』で問題視された点は、まさにこの捕獲の仕方にありました。鯨の殺し方が残酷だと反捕鯨団体は主張します。これに対し、日本捕鯨協会は「現在の調査捕鯨では、捕獲されたクジラのほとんどは爆発銛によって、即座に捕殺されている。この2つの方法はもっとも効率よく人道的な捕殺を行うことができるように導入されたもの」と解説しています。
前編では、鯨は体のすべてがさまざまな用途で使われると書きましたが、ここでは鯨食文化が盛んなのは言うまでもありません。街に入ると、看板に「くじら」や「イルカ」を掲げる居酒屋があり、スーパーマーケットに入れば、鯨の刺身や皮を冷水でさらした「さらし鯨」が並んでいます。道の駅には、地元の盲学校高等部の生徒が開発したスペシャルソースと鯨の竜田揚げを絡めた「くじらの和盲ソース定食」があり、くじらは食文化を支えているだけでなく、地元民の交流のきっかけにもなっていることを実感しました。


筆者が太地町を一日回ってみて、「捕鯨」に直接触れたのは歴史のコーナーのみです。現代の捕鯨の生々しい現場に遭遇するわけではありませんでした。確かに、太地町の捕鯨は海外などからの批判の目に晒されているかもしれません。しかし、実際に足を運んでみた限りでは、太地町にとってくじらは対立の対象ではなく、大切な文化であり、人々の生活と暮らしをつなぐものだと強く感じました。
『ザ・コーヴ』だけを見たら、太地町に住む人たちの漁法は現代の基準に照らして問題があると思うかもしれません。それだけに現場に足を運ぶことで、一方の「正義」だけを聞き入れるのではなく、そこに生きる人々の暮らしや歴史に耳を傾けることの大切さを実感しました。