なぜ九州には「熊」がいないのか 人と野生動物、森林のあり方を探る

京都市の清水寺で12日、2025年の世相を表す「今年の漢字」が発表されました。選ばれた漢字は「熊」です。東北地方を中心に、クマによる人身被害が深刻化しています。今年度に入ってからの被害は、11月末で230人に上り、そのうち14人が命を落としました。

深刻な社会問題となっているクマ害ですが、九州では縁遠い話であることは否めません。友人との会話においても、「熊」が話題になることはめったにありません。なぜなら、クマがいないからです。なぜ、九州に生息していないのでしょうか。

 

■日本のクマ

日本には2種類のクマが分布しており、北海道にはヒグマが、本州・四国にはツキノワグマが生息しています。

ツキノワグマは日本列島と大陸が陸続きであった30~50万年前、大陸から渡ってきたといわれています。海面の上昇により大陸との陸続きが消滅した後、日本のツキノワグマは遺伝的に独自の分化をしました。時速50km程度で走り、木登りや泳ぎの能力も高いのです。長距離の移動も可能で、沿岸の島に数百メートル泳いで渡った記録もあります。

 

■九州のクマは絶滅した?

かつては、九州にもクマがいました。九州で最後にツキノワグマが確認されたのは、1957年です。環境省は12年「すでに絶滅の目安となる50年以上経過している」として「絶滅」の判断をしました。

絶滅の背景には、九州で早くから進められた森林開発があります。植林の際、エサとするドングリなどが実る広葉樹から針葉樹の人工林へと置き換えが進みました。クマの生息しにくい環境へと変化したのです。

 

■クマが九州に移動してくることはあるのか

一方、福岡県と関門海峡を挟んで隣接する山口県では、クマの目撃情報が増加しています。昨年度は、クマの目撃・痕跡情報が799件あり、97年の統計開始以降、最多を記録しました。クマと自動車の衝突事故も発生しています。

 

関門海峡で最も狭いところは、陸の間の距離が約650メートルです。距離からみれば、クマは渡れそうです。さらに2県は、陸路でも関門橋や関門トンネルで繋がっています。クマが海を泳いで、山口県下関市から福岡県北九州市へと渡ることは可能なのでしょうか。

 

(2023年1月2日筆者撮影 北九州市門司区、和布刈神社から見た関門海峡と関門橋)

しかし、関門海峡の潮流は複雑かつ急速であり、クマが泳ぐには困難な環境となっています。さらに、クマのすみかである森から関門海峡までは距離があり、人の活動領域を通る必要があります。したがって、関門海峡を渡る可能性は低いと考えられます。

 

全国でクマによる被害が深刻化する中、九州にクマがいない理由をたどると、森林開発によって生息環境が失われ、絶滅に至った歴史が見えてきます。たしかに九州上陸の恐れは低いと考えられています。だからといって、クマの問題は決して他人事ではありません。被害を防ぐためには、人と野生動物の距離の取り方や森林のあり方を改めて見直すことが求められます。

 

参考記事:

・2025年12月14日付 読売新聞オンライン 「ツキノワグマの目撃、下関で21件…対岸の北九州市に『クマはいるのか』と問い合わせも」

https://www.yomiuri.co.jp/national/20251213-GYT1T00365/

・2025年12月12日付 日経電子版 「2025年『今年の漢字』は『熊』 各地で出没・被害、パンダ返還も」

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUF1258I0S5A211C2000000/

・2025年12月8日付 朝日新聞デジタル 「本州で唯一のクマなし県があった いない理由は?今後出る可能性は?」
https://digital.asahi.com/articles/ASTD52VZWTD5UDCB00MM.html

・2025年10月31日付 読売新聞オンライン 「クマ目撃情報、山口市吉敷地域の住宅地周辺で相次ぐ…足跡や食害などの痕跡ないが『注意喚起と安全確保徹底』」

https://www.yomiuri.co.jp/local/kyushu/news/20251031-OYS1T50042/

・2025年10月25日付 朝日新聞デジタル 「クマ絶滅の九州でも警戒 対岸の山口で目撃情報多数、海渡る可能性は」https://digital.asahi.com/articles/ASTBQ4272TBQTIPE022M.html

・2024年10月22日付 読売新聞オンライン 「増えるクマ出没、山口県で目撃すでに最多500件超…『一瞬で血や傷だらけに』2年ぶりに人襲撃も」

https://www.yomiuri.co.jp/local/kyushu/news/20241022-OYTNT50082/

 

参考資料:

・環境省 「野生鳥獣の保護及び管理」

https://www.env.go.jp/nature/choju/effort/effort12/effort12.html

・環境省 「クマ類の生息状況、被害状況等について」

https://www.env.go.jp/nature/choju/effort/effort12/kuma-situation.pdf

・国土交通省 「関門海峡の潮」

https://www.mlit.go.jp/tagengo-db/common/001781694.pdf

・宮城県 「ツキノワグマってこんな生き物です」

https://www.pref.miyagi.jp/soshiki/nh-sgsin-r/what-kuma.html