「社会に出る」ってどういうこと?

気が付けば10月。「今年もあと2か月しかない」などという言葉が出てくるような季節ですが、関西はまだまだ暑く日中は半袖でも快適に過ごせるくらいです。

 

そんな暑い日には飲みたくなるビールですが、大手競合4社によるカルテル疑惑が判明しました。9日配信の読売新聞オンラインによると、国内市場の9割を超えるシェアを誇る大手4社(アサヒビール・キリンビール・サントリー・サッポロビール)が、出荷価格の値上げ幅や値上げ時期について話し合っていたとされます。物価高騰で家計が苦しい中で判明したこの疑惑について、テレビのインタビューに答えた市民は怒りをあらわにしていました。

 

その一方で筆者は、今回の事例に限らず、カルテルがなぜいけないことであるのかがよく理解できてない部分があります。確かに、圧倒的な市場シェアを誇る大手企業が手を組んでしまえば、中小企業が立ち向かうことはできません。それが独占禁止法や自由競争を妨げる要因になることは理解できます。ですが、同じ価格帯で販売されるとするならば、本当の意味での品質勝負になるのではないのかなどと考えてしまいます。

 

 

年齢を重ねるごとにこういった社会の動きについての理解は深まっていますし、自分としての意見を持つようになりました。また、その意見は、多様であるということも大学でのディスカッションなどを通じて実感してきました。カルテル問題をはじめ、まだまだ自分には知らないことがある。そう気づかされる度、社会に出てやっていけるのだろうかと思ってしまします。

 

この不安は、就職活動をはじめてより一層感じるようになりました。春休みから本格的に就活に入って半年ほど経ちますが、あと2年もしないうちに社会に出て、自分の足で自分の人生を歩んでいくことに実感は湧いてきません。

 

正解がない問いなのだから、なるようにしかならないと言われればその通りだと思います。より学力の高い大学に進学して、100人いれば100人皆知っている企業に入社したとしても、社会を上手く渡り歩いていける保証はないわけです。

 

「何とかなる。きっと自分をいいと言ってくれる企業がある」と泣きたくなる結果が続いても前向きに捉えようと思い頑張ってきました。それでも、たった400文字のエントリーシートであなたに私の何が分かるのかと思うこともまた事実です。就活は企業とのマッチングだとは言いますが、なかなかそう思うことはできません。

 

大学入学以前は、「みんな一緒」であることが正義であり、変わった考え方を持った子どもは、大人にとっては見守ってやり、時には体よくあしらう対象でした。いくら自分の意見をぶつけても、上手く丸め込まれて終わる。ですが、大学に入れば、あなたはこれについてどう思うか、何を感じたか、自分の力で言語化することが求められるようになります。そして、就活が始まればあなただけの「個性」は何であるのかを問われる。でもきっと、社会に出ればその一員として皆に倣って生活をしてくださいと言われるのでしょう。

そう考えると、この就活というものは非常に面白いものだなと思いませんか。大学受験が人生で一番勉強した時とするなら、就活は、人生で唯一「自分を自分で見つける」瞬間であるのかもしれません。

 

「社会に出るとはどういうことなのか」大学3年、弱冠二十歳が応えるには重すぎる問いに今筆者は必死になって向き合っています。きっとこの先、何年生きてもこの問いの答えは完全なものにはならないでしょう。

それでも、皆何とかやってきたのだと思いますし、何とかしなければならないのです。世の中について知らないことだらけでも、社会に出るべき時はやってくるし、自分自身の選択をしなければならない。今は、半年先の未来も想像できないほどの不安を抱えていますが、それでも社会に出るとはどういうことなのか自分の中で少しでもヒントが見つかればと思います。

 

少しまとまりのない話になりましたが、筆者の頭の中で渦巻いているモヤモヤを言語化する機会とさせていただきました。皆さんにとって「社会に出る」とはどういうことでしょうか。

 

参考記事

読売新聞オンライン 10月9日配信

「ビール大手カルテル疑惑、4社の管理職が値上げ幅など反映させた価格表共有か」

https://www.yomiuri.co.jp/national/20261009-GYT1T00041/