初詣だけじゃない 鶴岡八幡宮、夏の七夕祭に込められた祈り

〔太鼓橋から参道を望む・五色の吹き流し、筆者撮影〕

7月7日の夕刻、鎌倉・鶴岡八幡宮を訪れた。太鼓橋を渡ると、頭上に五色の吹き流しが4本並んでいた。その先に続く参道の奥に本宮が見え、境内へと招き入れられる感覚があった。

 

〔舞殿正面・七夕祭の看板、筆者撮影〕

曇り空の下、境内には地元の家族連れや外国人観光客、年配の参拝者など多くの人が集まり、朱塗りの舞殿を取り囲んでいた。吹き流しが風に揺れ、「七夕祭」と墨書された大きな看板が境内に立てられている。観光地・鎌倉の喧騒とは一線を画す、静かで厳かな空気がそこにはあった。

鶴岡八幡宮の七夕祭は7月7日に行われ、7月1日から7日には鈴掛け神事が行われています。6月下旬頃から境内は七夕飾りで彩られ、上宮や舞殿にはくす玉や吹き流しが笹竹に掲げられている。期間中は梶の葉をかたどった色紙や短冊型の絵馬など、七夕にちなんだ授与品も頒布される。

 

〔供え物・琴・琵琶の全体、筆者撮影〕

日本で広く行われている七夕行事は、中国の星祭「乞巧奠(きこうでん)」が移入され、日本固有の信仰と習合して現在のような形になったといわれている。乞巧奠は機織りの上達を織姫に願う行事として宮中で続いてきたもので、文芸や音楽など多岐にわたる文化芸能の熟達を祈る意味合いを持つ。鶴岡八幡宮の七夕神事は、京都の冷泉家に伝わる乞巧奠を参考に2004年から始められた。

舞殿には、乞巧奠にゆかりのある「特別神饌」が古式に倣って再現された。米・神酒、索餅(さくべい)、野菜・蘭華豆、鯛塩釜焼・鮑、果物など、台の上には色とりどりの供え物が整然と並ぶ。さらに目を引くのが、琴と琵琶だ。いずれも螺鈿細工で鶴岡八幡宮の社紋である「鶴丸」と伝統ある有職紋様が施された格調ある楽器で、七夕の夜を彩る音楽への願いが込められている。

 

〔琴と琵琶の螺鈿細工アップ、筆者撮影〕

 

〔舞殿と五色の吹き流し、筆者撮影〕

 

17時、舞殿で七夕祭神事が始まった。境内の雰囲気は一段と引き締まり、装束に身を包んだ神職、巫女が行列を組んで境内を進む。参拝者たちはその両脇に並んでスマートフォンを向けた。

〔行列と参拝者、筆者撮影〕

 

舞殿では五色の吹き流しを背に厳かに神事が執り行われ、巫女による神楽舞も奉納された。五色とは大陸伝来の文化に基づく青・赤・黄・白・黒(または紫)のことで、機織り技術を象徴する色とされている。古来の祈りの形がそこにあった。

〔神職・巫女が社殿へ、筆者撮影〕

 

〔梶の葉絵馬、筆者撮影〕

神事の後、舞殿の周囲には参拝者が願いを書いた梶の葉の形の絵馬がずらりと下げられた。梶の葉は古くから短冊の代わりに用いられてきたもので、葉の表面が毛で覆われ墨書きしやすいことから、七夕に祈り事を書く短冊の原型とされる。梶の葉色紙や絵馬が神前に奉納される光景は、この祭りが一般の人々も参加する神事の魅力を物語っていた。

 

〔夕暮れの舞殿全景、筆者撮影〕

取材を終えて、あらためて感じたことがある。境内には多様な人々が集まっていたが、神事が始まった瞬間、誰もが静かに手を止め、舞殿に視線を向けた。国籍も年齢も異なる人々を一つにする、祈りの持つ力を目の当たりにした気がした。

普段から参拝している場所でありながら、七夕祭の鶴岡八幡宮はどこか違う表情を持っていた。乞巧奠という千年以上前の宮中行事が、現代の鎌倉でこれほど丁寧に再現されていることへの驚きは大きかった。神事の厳かさの中に、時代を超えた祈りの連続性を感じる取材だった。

「初詣の鶴岡八幡宮」は多くの人が知っている。しかし、夏の静かな七夕祭に宿る祈りの歴史を知る人は、まだ多くないかもしれない。8月にはぼんぼり祭も控えている。夏の鶴岡八幡宮には、もう一度…いや、何度でも訪れる価値があるのではないだろうか。

参考資料:

https://www.trip-kamakura.com/event/detail.php?id=47 鎌倉市観光公式ガイド

https://www.hachimangu.or.jp/matsuri/#tabpanel7 鶴岡八幡宮 TSURUGAOKAHACHIMANGU公式サイト