最近、X(旧Twitter)には、呟きの自動翻訳機能が追加されました。今まで辞書を引くか、翻訳機にかけなければ分からなかった海外の利用者が発する一言が、日本語で自動表示されるのです。これにより突然言語の壁が取り払われ、お互いのSNS文化を興味深く感じながら、様々な国籍の利用者が交流する様子が多く見られます。
ところで、この「海外」という言葉。最近、英語話者の利用者が「日本人は『海外(overseas)』という言葉をよく使うよね」という趣旨の呟きをしているのを見かけました。それを見て、私自身も違和感なく使っていた、外国を意味する「海外」は、島国である日本ならではの表現だということに気づきました。
そこで、他の島国では海外に類する言葉は使われているか調べてみました。
英語には先ほど言った通り「overseas(「海を越えた先」)」という同じ発想の言葉があります。ただし現代の日常会話では「foreign」の方が一般的で、「overseas」はやや改まった文脈で使われることが多いそうです。このことから、同じ島国のイギリスでも、今では「海」の外が外国の代名詞として使われているとは言い難いといえます。
一方、ニュージーランドのマオリ語にはtāwāhi(タワヒ)という言葉があり、「海の向こう側」を意味します。太平洋を舟で渡ってやってきたというマオリの人々にとって、海は世界とつながる道であるという感覚が言葉にそのまま刻まれているのでしょうか。だとすれば、日本語の「海外」にもっとも近い発想だといえるでしょう。
これに対照的なのがフィリピンとインドネシアです。7,000以上の島からなるフィリピンでは「外国」をibang bansa(別の国)と表し、17,000以上の島を持つ世界最大の島嶼国家インドネシアではluar negeri(国の外)と言うそうです。どちらにも海は登場しません。両国では国内移動にも海を渡る必要があるため、海が外国との境界線として意識されにくいのかもしれないと思いました。
このように、島国であることと「海の向こう=外国」という感覚は、必ずしも一致しないことがわかりました。では、なぜ日本では「海外」が定着したのでしょうか。
理由はいくつか考えられます。まずは地理的な孤立感です。日本は陸続きの国境を持たず、国内移動に外洋を渡る必要も九州と沖縄の間などを除けば、ほとんどありません。フィリピンやインドネシアと違い、日本人にとって海は道ではなく、外の世界との壁としての意味合いが強かったといえます。
次に鎖国の歴史があります。江戸時代の約200年間、海の向こうはほとんどの日本人にとって行くことも見ることもできない未知の領域でした。海は物理的な距離以上に、心理的な距離も表していたといえるでしょう。
そして明治時代の翻訳文化も大きいと考えられます。維新後、日本は西洋の概念を漢語に翻訳する作業を大量に行いました。「海外」はoverseasを元に当てはめられた言葉と予想でき、それが先ほど述べた日本人の地理感覚にちょうど良くハマったのだと思われます。
このように調べると、「海外」という何気ない言葉の背景に、地理・歴史・翻訳という複数の要因が絡み合っていることが察せられます。島国だからといって必ずしも海を意識した言葉を使うわけではなく、日本の「海外」はむしろ特殊なケースに近いといえるでしょう。普段当たり前に使っている言葉も、少し掘り下げてみると意外な由来が見えてくることがあるのです。
参考資料
ニュージーランドを深く知りたい方へ 白くたなびく雲の下で, 2022.7.25, マオリ語を学ぼう!Haere mai(ハエレ マイ)のhaere編