幼い頃から学校やショッピングセンターで見かけていた献血バス。「いつかしよう、いつかしよう」と思いながらも、献血の声掛けに会釈するだけで通り過ぎてしまっていました。知識不足による不安で、勝手ながら献血に高いハードルを感じていたからです。そんな不安を吹き飛ばし、筆者は先日、初めての献血を行いました。
献血を迷っていた中、読売巨人軍の投手、翁田大勢選手がチームや日本赤十字社、日本川崎病研究センターと共に立ち上げた「大勢川崎病支援プロジェクト」の存在を知りました。大勢投手自身、川崎病を克服した一人で、生後7カ月の時に40度の熱が一週間続き、川崎病と診断されてから高校生まで通院していました。日本赤十字社は川崎病と献血の役割について以下のように述べています。
「川崎病は1967年に初めて診断が下された原因不明の病気です。4歳以下の乳幼児に多く、全身の血管に炎症が起き、さまざまな症状が出ます。高熱、両側の眼球結膜の充血、唇の腫れと舌の炎症、体の発赤疹、手足の腫れ、首のリンパ節の腫れの6つの症状のうち5つ以上の症状があれば川崎病と診断します。
小さなお子さんではBCGを注射した場所が紅く腫れ上がることも、特徴的な症状の1つです。多くのケースで命に別状はありませんが、未治療のまま放置すると重篤な合併症を引き起こし、まれに致命的になる可能性があります。川崎病の治療には人の血液から取り出されたタンパク質の一つである免疫グロブリンから造られる製剤が使用されています。原料となる血液は全国の献血で集められたものが使用されており、免疫グロブリン製剤を作るために献血は大事なアクションとなります。」
このプロジェクトがきっかけで、自分が提供する血液の役割、行方、貢献を学び、これまで感じていた献血への不透明感を取り払うことができました。もちろん、献血は川崎病患者の方々のみならず、病気やけがで輸血や血漿分画製剤を必要とされる方々のためにも活用されます。
筆者は2月8日に、プロジェクトの一環で読売巨人軍のキャンプがある宮崎県のひなたサンマリンスタジアムに来ていた献血バスで400mlの献血をしました。採血前の受付や問診からも学ぶことが多く、自分の血液の重みを感じると共に、人の役に立てる喜びも感じました。
実際に献血バスで横になり、採血されている最中、スタッフの皆さんが温かく声を掛けてくださり、緊張することなく安心して過ごすことができました。会話の中で、印象に残ったのが「献血は場所とタイミング」という言葉です。採血前の過程でも学んだように、献血にも条件があります。献血を受ける時の健康状態、海外渡航歴、病歴など簡潔ながらも多くの設問がありました。今回の献血に限らず、健康診断の問診票などで、病歴や入院歴の有無について当たり前のように「いいえ」をチェックしていた自分を振り返り、改めて健康は当たり前ではないこと、健康の大切さを学びました。
献血会場となっていたひなたサンマリンスタジアムでは、大勢選手の「川崎病支援プロジェクト」のスペシャルトークイベントも開催されました。川崎病を克服し、プロ野球選手として数々の大きな舞台で活躍されている大勢選手の姿は多くの人に力や勇気を与えています。大勢選手は「献血はなかなかどうなっているのか見えないかもしれないけど、必ず誰かの力になっている」とおっしゃっていました。まずは一歩踏み出してみること、それが勝手な思い込みや不安を取り払ってくれることを教えてくれました。
今まで献血をしたいという思いとは裏腹に献血バスを遠くから眺めるだけだった私の背中を押してくれたプロジェクト。これからも沢山の人が思いを行動に変えるきっかけが増えていくことを願います。
参考資料
日本赤十字社 「大勢川崎病支援プロジェクト」スタート!
https://www.jrc.or.jp/donation/blood/news/2025/0324_045965.html
日本赤十字社 宮崎県赤十字血液センター 【大勢川崎病支援プロジェクト】宮崎キャンプで献血を実施します!
https://www.bs.jrc.or.jp/bc9/miyazaki/2026/01/post-231.html
厚生労働省 献血ってどうして必要なの?

