時代を超えて受け継がれる「講談」の魅力

日本の伝統芸能の1つ、講談。講談師と呼ばれる演者が、主に歴史上の偉人にちなんだ物語を語り聴かせる話芸だ。その存在こそ知っていたものの、実際に聴いたことはなかった。先日、講談師・神田伯山先生のインタビュー記事を偶然読んだ。『人間を奥深く描く講談には、うそがなかった。ドロドロした部分も含めて、「本音」があった』。この言葉に強く惹かれ、実際に講談を聴きに足を運ぶことにした。

 

愛知県の機会を探していると、地元・一宮を中心に活動する講談師がいることを知った。旭堂南士先生だ。上方講談協会に所属し、旭堂南左衛門先生に師事している。会場に着くと、南士先生が朗らかに迎えてくださった。初めて講談を聴くことに少し緊張している筆者に対し、他のお客さんも声をかけてくれた。温かな雰囲気のなか、講談が始まった。

 

旭堂南士先生

(2026年9月19日 筆者撮影)

 

先生は釈台と呼ばれる小机の前に座り、「講談とは何か」について話し始めた。筆者を含め、講談を聴くのが初めてという人が多かったからだろう。もともと、大名に歴史を教えるために演じられたのが始まりとされるそうだ。その後、庶民に対しても語られるようになり、大衆芸能として人気を集め、今日まで受け継がれてきた。その特徴の1つは、「修羅場」にあるという。張り扇で釈台を叩いて調子を取りながら、声高らかに朗唱する、独特の語り方だ。筆者はこの修羅場の迫力に圧倒され、1人の演者によって紡ぎ出される物語の世界に一気に引き込まれた。

 

演目の1つが、『太閤記』より「藤吉郞の子守り奉公」。若き日の秀吉こと藤吉郞が、子守りを任されるが、仕事の合間に稽古に励む侍たちをからかう。侍たちを怒らせるも、持ち前の達者な口と機転でうまく切り抜けていく藤吉郞。その描写からは、農民から太閤まで上り詰める、後の豊臣秀吉の才覚を感じさせられた。

 

先生によると、上方では江戸や徳川にまつわる話よりも『太閤記』が多く語られるという。その背景には、上方としてのプライドと、江戸に対する対抗心があるとかないとか。そんな小話も随所に挟まれるのが面白かった。

 

1人の語りによって作り出される広大な物語の世界。実際にその場面を見ているわけではないのに、脳裏に情景が色鮮やかに浮かび上がる。テレビもラジオもなかった時代、当時の人々も同じように講談を楽しんでいたのだろうか。そう考えると、ロマンを感じずにはいられなかった。

 

参考資料:

・2026年1月2日更新 「神田伯山さんが思うAIとの接し方 「人は欠陥、欠点を愛するから」 [AIの時代]:朝日新聞

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