モノノケ市の会場になった大将軍八神社
(2026年7月19日 筆者撮影)
7月19日、筆者は京都市上京区、北野天満宮から徒歩2分ほどにある大将軍商店街を歩いていました。その商店街にある大将軍八神社の前を通りかかった時、一本下駄の甲高い「カコン、カコン」という音が聞こえてきました。音の鳴る方に顔を向けると、妖怪「烏天狗」(カラス天狗)が歩いていました。
筆者が妖怪に出会った大将軍商店街は、別名「一条妖怪ストリート」として知られています。そう呼ばれるようになったのは、商店街のある一条通に伝わる「百鬼夜行」の伝説をもとに、妖怪を活かしたまちづくりに取り組んできたためです。
大徳寺(京都市北区)に伝わる絵巻には、「昔、京の都の北境であった一条通で、捨てられた古道具がつくも神や妖怪となり、百鬼夜行と呼ばれる行進をして、人間たちに捨てられた仕返しをしていた」という伝説が描かれています。
大将軍商店街では、この伝説を生かし、嵯峨美術大学の協力を得ながら妖怪をテーマにしたまちづくりを続けてきました。現在では、商店街の各所に妖怪のオブジェが置かれ、妖怪にまつわるイベントを開くなど「妖怪ストリート」として知られるようになりました。
商店街の店先にいる妖怪たち
(2026年9月5日 筆者撮影)
筆者が妖怪に出会った日も、イベントの一つである「モノノケ市」が催されていました。会場には家族連れや大学生など幅広い年齢層の方が足を運んでいました。また、外国の人もいました。
安野幹人さんは、立命館大学で寺社仏閣を案内するボランティアサークルを立ち上げ、学生が観光客に京都のお寺や神社の魅力を伝える活動を行っています。
「京都には寺社仏閣をはじめ、妖怪も含め魅力的なコンテンツがある。それをもっと知ってもらい、地域の発展につなげたい」と話します。
「モノノケ市」を主催し、嵯峨美術大学在学中に大将軍商店街をはじめとした妖怪イベントの発足に携わった河野隼也さんも、京都の文化に魅了された一人です。
「モノノケ市」運営本部の様子
(2026年7月20日 筆者撮影)
河野さんが京都の文化に関心を持つようになったきっかけは、京都三大奇祭の一つである「牛祭」でした。「牛祭」とは、京都市右京区にある広隆寺の境内を、面をつけた摩多羅神が牛にまたがり、鬼を従えて練り歩く伝統行事です。見物客の激しい野次が飛び交う独特の活気で知られる祭りです。そのような独特な祭りの姿に惹かれ、京都に残るさまざまな文化を調べる中で、妖怪にも関心を持つようになったといいます。
その中でも惹かれたのが、京都にまつわる妖怪の言い伝えでした。2005年に初めて妖怪イベントを実施してからは、毎年いくつもの妖怪イベントを手掛けています。
そんな河野さんは現在、株式会社百妖箱の代表として「妖怪造形家」、「妖怪文化研究家」、「百鬼夜行クリエイター」として活動をしています。
福井県から出店したマット・マイヤーさん
河野さんが主催するイベントに出店した回数は10回以上という
(2026年7月20日 筆者撮影)
河野さんによると、「始まった頃は、コスプレや妖怪に興味がある人がほとんどでした。今は大学生や子供連れ、海外から来てくれる人も増えた」といいます。妖怪を目当てに訪れる人は、少しずつ増えていきました。しかし、人が集まることが、そのまま商店街の活性化につながったわけではありませんでした。
毎年、商店街を妖怪たちが闊歩する目玉イベント「一条百鬼夜行」には、多くの人が集まりました。一方で、あまりにも多くの人が集まったため、交通規制や運営の難しさなどから、継続するには課題も多くなっています。
河野さんは、京都だけでなく全国各地で妖怪イベントに関わってきました。その中でも、大将軍商店街は妖怪にとって特別な場所であることを何度も話してくれました。
多くの人で賑わう「モノノケ市」
(2026年7月19日 筆者撮影)
夕立が降る中でも、多くの人で賑わっていた「モノノケ市」。その様子を眺めながら、河野さんは「またこの商店街を妖怪たちが歩く姿を見たい」と、「百鬼夜行」を復活させる為にも、妖怪に関する情報を発信し続けています。
京都を訪れた際には、寺社仏閣だけでなく、一条通にも足を運んでみてはどうでしょう。今日も大将軍商店街を歩けば、どこからか妖怪の足音が聞こえてくるかもしれません。




