お賽銭に電子決済を導入!? その課題は 清水寺執事・森清顕氏に聞く【後編】

2024年、京都市には年間5600万人の観光客が訪れています。そのおよそ1割に相当する500万人が参拝に訪れるという清水寺。大きな道路から清水寺までをつなぐ清水坂の門前町も年間を通して大盛況です。国内外問わず観光客が押し寄せます。清水寺から一番近いバス停「清水道」では、50人以上が行列をなす光景もしばしば。門前町にとっても、清水寺の存在は欠かせません。そして、清水寺がもたらす経済効果は計り知れません。

お土産店が立ち並ぶ清水寺の参道 インバウンドも多く賑わっている

2026年1月28日筆者撮影(京都市東山区)

さて、後編の今回は、お寺のDX(デジタルトランスフォーメーション)を中心にお伝えします。

【前編】をお読みでない方は、こちらもぜひご覧ください。

お寺でお参りをすると、お賽銭を投げることが多いのではないでしょうか。そのお賽銭ですが、1円や5円などの少額硬貨が多くて、受け取った側が活用しようにも両替が欠かせません。銀行への入金や両替には手数料がかかります。また、賽銭箱には海外の硬貨も入りますが、銀行では換金できず鉄屑と化してしまいます。国連児童基金(ユニセフ)に寄付することも可能ですが、輸送コストがかさみます。そこで白羽の矢が立ったのは、電子決済。しかし、清水寺執事の森清顕さんによれば、導入には3つの大きな壁があります。清水寺ではまだお賽銭を電子化してはいません。

清水寺の正門 仁王門

2026年1月28日筆者撮影(京都市東山区)

1つ目は、信教の自由が侵害される懸念です。決済会社である第三者に誰がどこにお金を払ったかという情報が渡り、プライバシーが守れない恐れがあるのです。例えば、クレジットカードを利用すると、ユーザーの趣味、嗜好、価値観や買物傾向といった分析が可能となります。契約時、情報を提供することに了承しているため、分析対象となると理解した上でクレジット支払いをしているとの考え方はあります。しかし、信教の自由を守りながら電子決済にも適用すべきだと森さんと京都仏教会は考えています。

2つ目は、キャッシュレス化が進むと非課税である布施や拝観料が、将来的に課税されるようになる可能性があることです。しかし、昨年の国税庁の取り決めにより電子決済は非課税となり、電子決済の動きは変わってきたと森さんは話します。宗教法人は教義を広め、信徒の教化育成を行うといった公益性の高い活動を行うことから税務面でも配慮されているそうです。

3つ目は、参拝者心理が影響しています。人はお賽銭を投げる行為を求めているのです。電子決済を導入した神田明神(東京都千代田区)での利用率はわずか1〜2割で、普及率の低さが伺えます。デジタルであるため、何かを投げるものではありません。

そのような中、新しいお賽銭の形も誕生しました。八坂神社(京都市東山区)では、2025年6月から賽銭箱に向けて投げる木札「参拝銭」の授与を始めました。現金を持ち合わせていない人でもクレジットカード、Pay Payや交通系ICカードといったキャッシュレス決済で購入することができます。

しかし、大々的に宣伝していないためか、筆者が滞在した10分間では、参拝銭を見ようとする人すらいませんでした。実際に筆者が体験してみると、「何を投げているのだろう」という視線を浴び、普及には時間がかかると思われます。

お賽銭の代わりとなる「参拝銭」

2026年1月28日筆者撮影(八坂神社・京都市東山区)

電子決済による参拝はまだ道半ば。参拝のあり方が変わっていくのかどうか、今後も注目していきたいと思います。

 

お賽銭の話からは外れますが、今回お話しを伺った中で心に残ったことを最後に書き添えます。

──「寄り添う」とは

筆者が気づいたことは、「寄り添う」と「評価」は異なるということでした。相手に寄り添っているつもりでも、実は相手を評価してしまっていることです。例えば、困っている人からの相談に対して、「あのときこうしておけば良かったね」とアドバイスしてしまうのは評価であり、真の寄り添いではないというのです。

また、子どもが学校でいじめられていても、子は親に対しては明るく振る舞おうとしますが、何か様子がおかしいなと気づく場面があります。この言葉と言葉の間にある心と心が通じ合った瞬間こそが本当の「寄り添い」なのです。言葉と心のずれに気づくためには、「聞き手が心のアンテナの感度を高めておく必要がある」と森さんは説明します。相手の立場に立った取材をする際にも、心しておく必要があると感じました。

 

参考資料

清水寺公式サイト

京都府、「令和6年京都府の観光入込客数及び観光消費額について」