韓国民主化の原点 光州に刻まれた記憶

1980年5月18日、韓国の首都ソウルから300キロ程離れた南西部に位置する光州で韓国の民主化を求める人々が弾圧された5・18民主化運動(光州事件)が起こりました。この事件は韓国の全羅南道(チョルナムド)の道庁所在地である光州市を中心に27日まで続き、多くの犠牲者を出すこととなりました。これには前日に発令された戒厳令が深く関わっており、行政や司法などが軍隊の指揮下に置かれる戒厳令の撤回を求めて一般市民と軍隊が激しく対立していました。この歴史や人々の思いを学ぶため2025年12月に韓国民主化の原点となった光州市に足を運びました。

 

光州事件については光州広域市東区にある5・18民主化運動記録館で学ぶことができます。事件当時のメモや映像、軍の無差別発砲などに対する恐怖の中、抵抗し続ける人々の活動についての資料などが展示されています。

5・18民主化運動記念館(2025年12月20日、筆者撮影)

光州広域市には事件で犠牲になった人々を追悼するための国立5・18民主墓地があります。墓地に入り墓石や遺影を見て、数多くの人が民主化を求め続けたことを再認識しました。87年6月9日にソウルの延世大学正門で行われた韓国の民主化を求めるデモで命を落とした同大学の李韓烈(イ・ハニョル)氏もこの墓地に埋葬されています。

国立5・18民主墓地(2025年12月21日、筆者撮影)

道庁前は5・18民主広場となっています。この場所では80年5月当時、抵抗の拠点となった広場にある噴水台で様々な集会が開かれています。広場の時計台からは毎日午後5時18分になると光州事件での犠牲者を追悼するための曲である「ニムのための行進曲」が町に響き渡ります。この時、広場には多くの人が集まり黙とうを捧げていました。

5時18分が近づくと人々が集まる(2025年12月20日、筆者撮影)

全羅南道道庁前の5・18民主広場(2025年12月20日、筆者撮影)

5・18民主広場付近にある全日ビル245も事件を学ぶ上で重要な場所になっています。全日ビルは光州市初の10階建ての建築物です。2000年代までこのビルには光州・全南地域の新聞社や放送局が入居しており、地域メディアの中心としての役割を果たしていました。

2016年、全日ビルに当時の戒厳軍がヘリコプターから放ったと見られる弾痕が見つかりました。ビルの9、10階は「5・18MEMORIAL HALL」となっており、弾痕が当時のまま保存されています。また外からでも跡を確認することができます。

全日ビルの内側から見た弾痕、一つ一つに数字が振られている(12月20日、筆者撮影)

 

全日ビルの外側から見た弾痕(2025年12月20日、筆者撮影)

この他にも事件についての写真や映像などが展示されており事件当時の悲惨さが伝わってきます。現在もヘリコプター射撃についての真相究明が続けられており、関連する内容を補充して展示が続けられるそうです。

 

数多くの犠牲者を出し、民主化を求め続けた戦いは87年6月29日に区切りがつくことになります。当時の与党、民主正義党を率いる盧泰愚(ノ・テウ)代表委員が「国民の大団結と偉大な国家への前進のための特別宣言(民主化宣言)」を発表し、現代の韓国の民主政治に繋がっています。

先日、24年末に戒厳令を出した尹錫悦元大統領の2回目となる論告求刑公判が開かれ死刑が求刑されました。戒厳令についての歴史や韓国の民主化を訴え続けた人々の思い、行動を学びながら、今後の裁判や韓国国内の政治についても引き続き注目していきます。

 

参考文献:

朝日新聞デジタル 2026年1月14日付 尹前韓国大統領「国権乱す目的なかった」 来月19日、内乱罪で判決

https://www.asahi.com/articles/ASV1G0FZYV1GUHBI00KM.html

読売新聞オンライン 2026年1月13日付 韓国の尹錫悦前大統領に死刑求刑…国家非常事態でないのに戒厳令、内乱首謀

https://www.yomiuri.co.jp/world/20260113-GYT1T00305/

参考資料:

全日ビル245 パンフレット