岐路に立つ知床観光 問われる自然との距離

オホーツク海や知床連山といった雄大な自然が広がり、ヒグマやオジロワシ、シャチなどの希少な野生生物が間近に見られる北海道・知床。

道内有数の人気観光地として多くの観光客を魅了しており、今年7月には世界自然遺産登録から20周年を迎えました。

ただ、自然との近さは知床観光に時に大きな影を落としています。

筆者が9月下旬に現地を訪れた際の様子も踏まえ、知床観光の現状をお伝えします。

そびえたつ知床連山(9月下旬筆者撮影)

 

◯観光船沈没の衝撃

22年4月23日、知床半島の沖合で小型観光船が沈没し、乗客乗員26人が死亡・行方不明となる痛ましい事故が起こりました。

知床岬やヒグマの生息地であるルシャ湾など手つかずの自然に触れることができるクルーズ船は知床観光の目玉の一つですが、他社も運行自粛を決めるなど大きな影響を受けました。

事故を受け、各事業者は安全確保の徹底と周知に取り組んでいます。

筆者は500トン級の大型観光船で知床岬までの往復約4時間のクルーズに参加しましたが、救命ボートなどの安全設備が備えられ、波も穏やかだったため、特段不安を感じることなく過ごすことができました。

ただ、乗り場近くでは事故を起こした事業者の事務所が解体中であったり、事故やコロナ禍の余波を受け廃業となった事業者の看板が道路沿いに残されていたりと悲劇の爪痕が散見され、決して遠い昔の出来事ではないのだと実感させられました。

また、乗船前日と前々日は強風で海は荒れ、観光船が欠航となるなど、自然の脅威を痛感した旅でもありました。

観光客の体験価値と安全性の確保とをいかに両立させるかが問われています。

 

◯ヒグマとの軋轢

人間とヒグマなどの野生動物との接近も問題となっています。

知床では観光客が撮影などのために近づいたり、エサを与えたりし、ヒグマが人に慣れてしまうといった事態が発生しています。

船上からの観察ツアーや木彫りの熊などで重要な観光資源ともなっているヒグマですが、オスの成獣は体長2メートルにも及ぶ危険な野生動物でもあります。

8月中旬には、知床半島の羅臼岳を下山中の男性が襲われ死亡する事故も起きています。

人気観光地の「知床五湖」では、連日のようにヒグマが目撃されており、そのたびに森の中を通る地上遊歩道を閉鎖する安全策が講じられています。筆者が訪れた際も、カレンダーにはヒグマの出没を示すマークが並び、遊歩道は閉鎖されていました。

人間の安全と豊かな生態系を守るためには、ヒグマの生息地への進入を避けるなど、適切な距離感を保つことが不可欠です。

ヒグマの目撃状況を示すカレンダー(9月下旬筆者撮影)

 

沈没事故やコロナ禍を乗り越え、知床を訪れる観光客の数はようやく回復しつつあります。

しかし、人間と自然の接点の拡大は、ヒグマとの軋轢や森林でのゴミの放置など様々な形で知床の自然へ悪影響を与えかねません。

手つかずの自然と観光客の安全をともに守るためにも、観光客数の制限など、抜本的な対策が必要かもしれません。

 

参考記事:

8月16日付 朝日新聞朝刊27面(社会総合)「ヒグマ被害、遺体発見 26歳男性と確認 北海道・羅臼岳」

7月8日付 北海道新聞朝刊(全道)24面(社会)「<岐路の知床 世界自然遺産登録から20年>下 観光化の苦悩 自然守り利用 道半ば」

7月7日付 北海道新聞朝刊(全道)22面(社会)「<岐路の知床 世界自然遺産登録から20年>中 共生への模索 クマ「保護第一」限界」

2022年5月2日付 朝日新聞夕刊7面(1社会)「知床のGW、「人出読めぬ」嘆き」

2022年4月25日付 読売新聞朝刊(東京)3面「[スキャナー]地形と潮流 複雑 知床観光船 事故当日荒天」

2022年4月24日付 朝日新聞朝刊1面(総合)「26人乗船、観光船不明 「浸水した」救助要請 自然観察ツアー中 知床沖」

 

参考資料:

知床財団|世界自然遺産「知床」にある公益財団法人(ホームページ)

知床データセンター|知床白書