あらたに居場所を見つけて

死にたくなったら辞めような!

卒業式の日、社会人になりたくないだなんていう傍らで、冗談半分にこんなことを言い合って学友たちと別れました。就職先の話です。

違法労働や過労死などのニュースが目につくようになり、一所に長くいることだけが偉いわけではないと考えるようになっています。

就職先や大学にとどまらず、小中高校生の間でも自分の生きづらい環境から抜け出すという選択をする人が増えているのだとか。

本日朝日新聞朝刊に取り上げられたのは、東海地方の17歳の女子生徒。中学までは成績も良く、学級委員まで務めていました。けれど、部活動での揉め事に巻き込まれてから学校を休みがちに。環境を変えれば何かいい方向に向かうのではと考えた両親から、ニュージーランドへの転校、留学を勧められたといいます。

日本とは違い様々なバックグラウンドを持ち、人に合わせることだけを良しとするわけではない文化の中で、彼女は少しずつ、自分を出せるようになっていったといいます。

留学というと大学のイメージが強いかもしれません。しかし最近、記事のように小中高校生のうちから海外の学校へ通うことが、以前より浸透し始めているようです。

さて、思い返せばこれまでの人生、小中高とタームが変わるごとに、私はどこか遠くへ、遠くへ行こうとしていた気がします。その度に人間関係をリセットし、自分を作り直して息のできる場所を探してきました。留学という選択、アリだったかもしれません。

私の好きな本にこんなセリフがあります。「シロクマが赤道ではなく北極で暮らしてなにが悪いの」。生き物にはそれぞれ、生きやすい場所があるということです。それはきっと、個人に取っても同じこと。

そればっかりを言い訳にはできないけれど、合う合わないってどうしてもあって、自分が吸い込める酸素みたいなものがない別の惑星のような空間て、あるのです。

2年間お世話になったこのあらたにすは、2年前の私にとっては次なる酸素を求めた新天地でした。多くの人の前でこんなふうに文章を書くことができる。こんなにいい場所はありません。見てくださっていた方々、リアクションをくれた方々、本当にありがとうございました。

4月から、また酸素を求めて新しい惑星を目指します。たまたま降りた場所に酸素はないかもしれません。それでも自分が息のできる場所を探し続ける、それが社会に出るってことなんだと思っています。

長くなってしまいましたね。これで最後です。

お互いに息のできる場所で、皆さんとまたお会いできれば嬉しいです。本当にありがとうございました。

参考記事
24日付 朝日新聞朝刊(東京13版) 30面(教育) 「不登校 留学で変われた」