政府の目玉政策を疑問視する声が地方から出ています。
来年10月の消費増税対策として掲げられた「ポイント還元制度」。中小小売店での買い物でキャッシュレス決済をした場合、5%分のポイントが戻ってくるというものです。貰ったポイントはその後の買い物で使うことができます。増税による負担をポイントで相殺することで、消費者の負担を軽減する狙いがあります。
また、政府としては増税を機にキャッシュレス決済を普及させる狙いもあるようです。経済産業省によると、2015年時点で日本のキャッシュレス普及率は18.4%。海外に目を向けると、アメリカ45%、中国60%、韓国に至っては89%(いずれも2015年時点の数値)と、日本の出遅れは顕著です。増加する訪日外国人観光客にスムーズな買い物を楽しんでもらうためにも、キャッシュレス決済の普及は喫緊の課題とも言えます。
▲各国のキャッシュレス決済の比率グラフ(経産省「キャッシュレス・ビジョン」のデータから筆者が作成)
ところが、キャッシュレス決済の普及に疑問を投げかける声もあります。青森市の「スーパーふじわら栄町本店」。ここで買い物をしていた60代の女性はポイント還元制度のことは知りつつも「クレジットカードを持っていないので興味ない」と冷ややかな様子。一方、スーパー側は、卸業者への代金は「数日以内に現金で支払う」としています。もしキャッシュレス決済にシステム変更をすれば、導入費や手数料がかさみ、低価格の販売を維持することが難しくなるそうです。スーパーの専務によれば、「インフラがないので、青森にキャッシュレスはなじまないのではないか」といった疑問の声が出ているようです。
また、カード会社からも問題を指摘する声が。青森県内に7700の加盟店があるカード会社「日専連ホールディングス」は、システム変更への手間や、カード対応のない中小店舗がどれほど設備を整えられるのか見通せないとしています。このように、地方の声と政府の思惑はすれ違った部分が多いようです
たしかにキャッシュレス決済が普及すれば利便性は高まります。筆者が留学している韓国は先述したとおり、キャッシュレスの普及率が9割に迫る「キャッシュレス大国」です。どこの店でもカード決済が当たり前。現金を使うのは路上の屋台くらい。コンビニで現金を出したら面倒くさがられた、なんてこともありました。いちいち財布を出す手間がかかりません。お釣りがないためレジ対応も簡単です。食堂の食券だってカードで買えます。 たった1枚のカードで生活が回る。ここまで現金を使わない暮らしを目の当たりにすると、日本が別世界のように思えてきます。
▲筆者が暮らす大学寮にある「無人コンビニ」。会計はキャッシュレス決済のみ。店員がいなくても24時間営業が可能(ソウル市内で筆者撮影)
ですが、青森のように「インフラが無い」地域に無理やり浸透させるのはどうでしょう。現金で生活できたのに、「便利だから」と唐突に新しいシステムを押しつけられる。混乱は短期間で収まるにしても、しわ寄せが地域社会に及ぶのは避けられません。
「便利だからいいじゃないか」
「後進地域の声など足かせに過ぎないだろう」
なるほど、確かにおっしゃる通りです。でもちょっと待ってください。便利さばかり押し出して推進するのはちょっと危険です。
先月24日、ソウル市内にある通信大手KTのビルで火災が発生しました。この火災で通信障害が発生し、周辺地域では電話だけでなくカード決済サービスも停止しました。繰り返しますが、韓国はキャッシュレス大国です。カードなど、サービスが停止すれば何の役にも立ちません。火災後は現金を引き出す人でATMに行列ができました。
そして日本でも今月、QRコード決済サービス「PayPay」の利用集中によって、決済処理が遅れる不具合が発生しました。キャッシュレスは、一度トラブルが起きると生活に支障をきたす恐れがあります。便利さを享受するなら、有事の備えが必要です。
キャッシュレス決済の普及には危機管理の徹底と地方社会への配慮が必要だと思います。例えばSuicaやICOCAといった交通ICカードも、全国で一斉に始まったわけではなく、一部の地域から徐々に浸透していった経緯があります。キャッシュレスのシステムも、増税を機に無理やり足並みをそろえるのではなく、地域の実情を踏まえて段階的に導入していくのが望ましいのではないかと思います。
参考記事:
9日付朝日新聞朝刊(東京12版)25(青森)面「ポイント還元 恩恵あるの?」
5日付同電子版「QRコードサービス『ペイペイ』、一時不具合」
10月16日付同電子版2面「消費増税、進まぬ準備 再々延期、業者は不安視」
11月24日付朝鮮日報電子版「KT화재 10시간만에 완진…”피해 복구는 수 일 걸릴 것”」
参考文献:
・経済産業省「キャッシュレス・ビジョン」( http://www.meti.go.jp/press/2018/04/20180411001/20180411001.html )