まなざしの成長を

30日から池袋で始まっている炊き出しに、ボランティアとして参加しています。今日が最終日です。連日約180人が並ぶ配食待ちの列の横では、医師や福祉相談員がホームレスの人々などから話を聞いています。

ソーシャルワーカーは、自動化の実現可能性が低い職業の一つと言われています。元日の読売新聞で、国立情報学研究所の新井紀子教授は「単純作業の多くが代替される分、人間は個別の状況や常識に基づいた判断をしたり、創造性の高い仕事を担ったりする必要がある」と述べています。過去のデータに基づき、最適な答えを導くのが得意だというAI。すでに人の相談に乗ったり面接をしたりするシステムも開発されていますが、日本のホームレス支援の現場では、まだ人が人の話を聞くかたちが続きそうです。

日経新聞は、あまりモノを持たないミニマルな生活を送る人々を取り上げています。代わりに求めるのは他者の視線、そして共感です。確かに私も、Twitterで何かをつぶやくとき自分だけがわかればいいのに、丁寧に説明を補ってしまいます。自分の先に、必ず他者を見ているのだと実感します。大学のゼミでAIについて議論をしていたとき、「AIが人間に代わり仕事をこなすようになったとき、人々の承認欲求はどのように満たされるのか」という問いを投げかけた学生がおり、今も印象に残っています。

個人を特定の階級等に位置づける。そんな都市での他者のまなざしを、社会学者の見田宗介氏は「地獄」と表現しました。反対に、2008年に発生した秋葉原通り魔事件では「まなざしの不在の地獄」が背景にあったと言われています。

残りわずかとなった平成の世で、そしてその次の時代で、こうしたまなざしはどう変わっていくのか。さまざまなものが大きく移ろう時代に大切なものを見失わないために、社会への、自分自身へのまなざしを鍛えていきたいと思っています。

参考記事:1日付 日本経済新聞朝刊(13版)47面(社会)「モノより『いいね』を 1989年からの視線」

同日付 読売新聞朝刊 元日第6部1面(先端IT)「AI革命 すぐそこに」