小学生のころから成績が悪いと胸ぐらをつかまれた
蹴られてあざができた
1時間以上正座をさせられ、説教が続く
(参考:10月5日付 朝日新聞朝刊31面「教育虐待 子を圧迫」)
佐賀県鳥栖市で今年3月、両親を刺殺した容疑で逮捕された元大学生の供述です。明らかに、教育熱心の度を超えた虐待行為。裁判での自身の証言や検察側、弁護士側の冒頭陳述などで実態が明らかになりました。そのうえで裁判所は判決のなかで、成績をめぐる父親の暴行が背景にあった、と認定しました。
成績や勉強をめぐる虐待行為が悲惨な事件に発展するケースは後を絶ちません。2016年には名古屋市で中学受験に向けて勉強中だった小学6年生の長男を父親が刺殺し、滋賀県では18年には医学部9浪の末、娘が母親を殺害し遺棄した事件が、発生しました。
児童にとって最善の利益であるべき「教育」(児童の権利に関する条約3条1項)。教育に起因する子どもへの抑圧を防ぐためには、どんな方策が必要なのでしょうか。
■「児童虐待」の定義
「教育虐待」について考える前に、「児童虐待」について見ていきましょう。
2021年度、児童相談所での児童虐待相談対応件数は20万件を超え、過去最多となりました。児童虐待防止法では、第2条に児童虐待の定義が示されています。
①身体的虐待 ②性的虐待 ③ネグレクト ④心理的虐待
以上4つのいずれかに該当する行為が児童虐待です。一方、法律上に「教育虐待」という文言はありません。しかし児童相談所の職員によると、教育に絡んだ虐待事案は一定数ある、ということです。
■「教育虐待」の定義
11年12月、日本子ども虐待防止学会で発表された考え方が「教育虐待」です。教育やしつけを名目に、子どもの心身に傷を与える行為とされています。近年さまざまな報道を通してこの言葉を耳にしますがが、前項で紹介したような正確な定義はありません。したがって、研究者によっても捉え方に違いがあります。
教育と教育虐待の線引きについて、児童虐待4つの定義いずれかに適合するかどうかで判断する考え方があります。
例1)成績を理由に親が子供を殴る → ①身体的虐待
例2)適切な教育の機会を与えない → ②ネグレクト
例3)成績を理由に人格を否定するような言葉を繰り返しぶつける → ④心理的虐待
ある考え方では、教育虐待を以下のように分類しています。
初めに取り上げた3事件は「教育熱の延長線上にある教育虐待」ということになります。
■「教育虐待」を防ぐために
一般社団法人ジェイス代表理事で臨床心理士の武田信子さんは、教育虐待が起きてしまう背景に「金や名声、高い地位、権力を持っていることがいいという価値観が蔓延し、それらが獲得できるところへ親が子どもを連れていくべきだと信じている」心理状況があると指摘しました。(引用:朝日新聞デジタル 両親殺害の背景にあった「教育虐待」 大学進学後も暴力、正座、罵倒 [佐賀県]:朝日新聞デジタル (asahi.com))
教育虐待は、保護者による「あなた(子ども)のため」や「学歴こそ正義」という思い込みに起因しがちです。さらに、家庭という閉鎖的な空間で発生します。教育虐待によって子どもが傷つくことを防ぐために、何ができるのか。以下のことが考えられます。
・教育虐待は子どもの心身に多大なる影響を与え、大人になってもその影響は残ることがある、という認識を広める
・「学歴がすべてではない」「勉強が苦手だからと言って生きていけないわけではない」といった考え方を共通認識としていく
・過度に教育やしつけにのめり込まないよう、保護者が他に打ち込めるものを見つける
・子どもが逃げられる環境をつくる
教育をめぐる過度なプレッシャーに苦しむ子どもたちを減らすために、私たちにできることは少ないかもしれません。まずは教育虐待について知り、考えていくことが求められます。
参考記事:
・10月5日付 朝日新聞 朝刊31面「教育虐待 子を圧迫」
・9月16日付 読売新聞オンライン 佐賀両親殺害 懲役24年…地裁判決「犯行結果 極めて重大」 : 読売新聞 (yomiuri.co.jp)
・9月15日付 朝日新聞デジタル 両親殺害の背景にあった「教育虐待」 大学進学後も暴力、正座、罵倒 [佐賀県]:朝日新聞デジタル (asahi.com)
・19年7月11日付 朝日新聞デジタル 中学受験、激しくなった父の暴力 長男を包丁で刺すまで:朝日新聞デジタル (asahi.com)
参考資料:
・外務省 「児童の権利に関する条約」全文 (mofa.go.jp)
・子ども家庭庁 令和4年度 児童相談所における児童虐待相談対応件数(速報値)
参考図書:
・齊藤彩著『母という呪縛 娘という牢獄』、2022年12月16日、講談社
・石井光太著『教育虐待 子どもを壊す「教育熱心」な親たち』、2023年6月20日、早川書房