11日、藤井聡太七冠が永瀬拓矢王座を3勝1敗で下し、「王座」のタイトルを獲得した。ついに将棋界にある8つのタイトルを全て獲得し、いまだ誰も成しえなかった「八冠」を達成した。2020年7月の棋聖獲得から、わずか3年ほどですべてのタイトルを独占したことになる。一将棋ファンとして八冠の誕生を待ちわびていたが、筆者が将棋を本格的に始めた大学1年生の当時、在学中にその雄姿が見られるとは思っていなかった。
当然翌12日の朝刊は「藤井 八冠独占」の記事が1面を飾っている。また、今回は文化面や社会面に留まらず、夕刊やコラムなども藤井一色だ。では各社は、どこをニュースにしたのか、またどのように評価したのだろうか。
<1面編>
ぱっと3紙を並べて最初に目につくのは、3紙の中で読売だけ大見出しが白抜きなことだ。普通、見出しは黒文字だが、とくに重要度の高いニュースではこうして黒の背景に白文字になる。読売ほどでなくても、朝日は横見出しになっているのでやはり大ニュースとして捉えていることがわかる。
読売の見出しが白抜きなのは、現在進行中の「竜王戦」への意識があるからではないか。確かに「八冠達成」も大切だが、「八冠防衛」も同じくらい注目度が高くていい。また、リード文でも各社の立場がわかる。読売は「藤井聡太竜王」の後に他のタイトル名が続くようになっている。朝日は「藤井聡太名人・竜王」、日経は「藤井聡太七冠」と各社が主催するタイトル戦に合わせて呼称を変えている。
朝日は1面での情報量は最も多いが、読売や日経と違って敗れてしまった永瀬九段についての言及はない。
<関連面編>
・朝日
関連記事は総合面と社会面に置かれている。六冠達成の時もそうだったが、朝日はやはり読み応えがある。総合面には、短いが藤井八冠のことがよくわかる紹介記事が掲載され、社会面も他紙とは違って永瀬九段について書き込んでいる。
ただ、読み応えの最たるものは紙の記事ではない。朝日のプレミアムAの「妙手で振り返る軌跡」というコンテンツである。なかなか指し手の解説は難しいが、ビジュアルにすることで誰にでもわかりやすくなっているのと同時に、紙では出来ない内容の厚みは重度の将棋オタクである筆者も思わず唸ってしまう素晴らしさだ。将棋に関しては様々なコンテンツを隈なく見ている自負があるが、八冠に関しては圧倒的にトップと言っても過言ではない。一部有料だが、ほとんどは無料で閲覧できるのでぜひ見てほしい。
・読売
関連記事は文化面と社会面に置かれている。こちらも六冠達成の時と同じく、テーマは「人」であることがよく分かる。文化面は「藤井聡太語録」が特集されており、言葉の選び方が丁寧で、独特ともいえる藤井八冠の内面が良くわかる切り口だと思う。また、社会面には将棋連盟会長の羽生九段や師匠の杉本八段はもちろんのこと、藤井八冠との対談があるiPS細胞研究の山中教授、将棋好きなお笑い芸人のサバンナ高橋さん、将棋愛好家で知られる元ボクシングWBC世界フライ級チャンピオン内藤さんと、各界からのコメントが豊富なのも実に読売らしい。
また、朝日や日経のビジュアルデータとは少し違うが、藤井八冠のこれまでの歩みを写真で振り返るオンライン記事は、シンプルな企画ではあるが、画像が90枚もありファンにはたまらない。
・日経
朝日と同じく総合面と社会面にある。日経の記事で特に気になったのは、インタビュー先が2紙とは異なり藤井八冠が通った将棋教室の塾長だったことだ。また、地元ファンの歓喜の様子についても比較的大きく扱っており、藤井八冠のルーツを大切にしている印象を受けた。
また、デジタルファーストを掲げていることからも、紙の記事では力の入れ具合が多少分かりにくいが、日経電子版には「読み応えがある観戦記」「藤井八冠へのインタビュー」「永瀬前王座へのインタビュー」「藤井八冠の軌跡のビジュアルデータ」「藤井八冠の経済効果」など、王座戦の主催社であるとはいえ、他社を圧倒するほどの多彩な切り口とコンテンツ量がある。
また3紙で違ったのは社会面の見出しで使った一言である。朝日は「無双」、読売は「一強」、日経は「新時代」とした。無双や一強というのは事実を伝えただけという感じがするが、新時代には未来を見据えた語感がある。今後どこまで記録を伸ばすか、また誰が藤井八冠から最初にタイトルを奪うかなど、ファンからするとこれからも楽しみがたくさんある。その意味では、日経の新時代という見出しはピッタリだと感じた。
<夕刊編>
朝日と日経は1面対応だったが、読売は8面のみだった。読売の8面には「竜王戦 良い内容に」とあるように、やはり竜王戦の意識が強いことがわかる。日経は11面で将棋教室や将棋人口についての記事を載せており、社会的な効果や影響などに目を配るところに日経らしさがうかがえる。
<社説とコラム編>
朝日と読売が旧統一教会の解散命令請求について論ずるなか、日経だけはそれに加えて藤井八冠を題材に「若き才能を伸ばしていくこと」の重要性を訴えた。
コラムでも取り上げたシーンが異なり、朝日は最後の王座戦の名シーンも加えつつ、素直な称賛と将棋が織りなす人間ドラマ。読売は昔の藤井八冠の逸話と今後の将棋界への期待。日経は他の棋士が抱いているだろう悔しさについてだった。
簡単な比較でもこれだけの違いがある。どこを切り取るか、どんな評価にするかでニュースの印象は全く違うものになる。自分ならどんな部分を記事に仕立てるだろうか。そんなことを考えながら読み進むと、ニュースとの向き合い方がきっと変わる。
筆者は将棋ニュースを通して、目標にしている自分にしか書けない記事のイメージが具体的に浮かぶようになった。藤井八冠の経済効果についてなど、徐々に自分が考えていたネタも記事になり始めているが、まだまだ自分の中のテーマストックは尽きそうにない。いつか自分にしか書けない将棋記事で、読者をあっと言わせる記事を書いて見せる。
参考記事:
12日付 朝日新聞朝刊 1面 「藤井 八冠独占」
12日付 読売新聞朝刊 1面 「藤井 八冠独占」
12日付 日本経済新聞朝刊 1面 「藤井 八冠独占」
12日付 朝日新聞朝刊 3面(総合3) 「ひと 将棋界初の八冠独占を達成した藤井聡太さん(21)」
12日付 朝日新聞朝刊 33面(社会) 「藤井八冠 無双21歳」
12日付 読売新聞朝刊 15面(文化) 「暗闇切り拓く姿 畏怖の念」
12日付 読売新聞朝刊 29面(社会) 「大逆転で「一強」」
12日付 日本経済新聞朝刊 2面(総合1) 「藤井 最強証明」
12日付 日本経済新聞朝刊 39面(社会) 「21歳藤井、開く将棋新時代」
12日付 朝日新聞夕刊 1面 「藤井時代」
12日付 読売新聞夕刊 8面 「藤井八冠 前見据え」
12日付 日本経済新聞社夕刊 1面 「藤井八冠、さらに高みへ」
12日付 日本経済新聞社夕刊 11面(社会) 「藤井八冠に挑みたい」
13日付 朝日新聞朝刊 1面 天声人語
13日付 読売新聞朝刊 1面 編集手帳
13日付 日本経済新聞朝刊 1面 春秋
11日付 朝日新聞デジタル PREMIUM A 「妙手で振り返る軌跡」
藤井聡太八冠 妙手で振り返る軌跡 – プレミアムA:朝日新聞デジタル (asahi.com)
11日付 読売新聞オンライン 「史上初 八冠 藤井聡太竜王」
史上初 八冠 藤井聡太竜王 : 読売新聞 (yomiuri.co.jp)
9月3日付 日経電子版 「まるで極上のミステリー 作家・逢坂剛が見た永瀬vs藤井」
永瀬拓矢王座vs藤井聡太七冠、まるで極上のミステリー(逢坂剛) – 日本経済新聞 (nikkei.com)
9月18日付 日経電子版 「稀に見る死闘 作家・貴志祐介が見た永瀬王座vs藤井七冠」
稀に見る死闘 作家・貴志祐介が見た永瀬拓矢王座vs藤井聡太七冠 – 日本経済新聞 (nikkei.com)
1日付 日経電子版 「永瀬vs藤井、才能と努力の交差点 AI先駆者が見た王座戦」
永瀬拓矢vs藤井聡太、才能と努力の交差点 AI先駆者が見た王座戦 – 日本経済新聞 (nikkei.com)
12日付 日経電子版 「藤井八冠は「人間をやめている」 永瀬前王座が見た景色」
藤井聡太八冠は「人間をやめている」 永瀬拓矢前王座が見た景色 – 日本経済新聞 (nikkei.com)
13日付 日経電子版 「藤井聡太八冠、前人未到の軌跡 奨励会から将棋王座戦まで」
藤井聡太八冠、前人未到の軌跡 奨励会から将棋王座戦まで – 日本経済新聞 (nikkei.com)
13日付 日経電子版 「藤井聡太八冠、経済も動かす 対局の生観戦80万円」
藤井聡太八冠、経済も動かす 対局の生観戦80万円 – 日本経済新聞 (nikkei.com)
14日付 日経電子版 「藤井八冠「実力以上の何かが…」 永瀬前王座との激闘語る」
藤井聡太八冠「実力以上の何かが…」 永瀬拓矢前王座との激闘語る – 日本経済新聞 (nikkei.com)
15日付 日経電子版 「藤井八冠誕生の瞬間、涼しげな天才の逆転劇 後藤正治」
藤井聡太八冠誕生の瞬間、涼しげな天才の逆転劇 後藤正治 – 日本経済新聞 (nikkei.com)