私がこの記事を執筆しようと思ったきっかけは、スイスに旅行した際にたまたま友達になったアフガニスタンからの難民の少年との出会いです。日本で22年間、悠々と暮らしてきた私にとって、彼の口から語られた経験の全てが衝撃でした。逃げるのが間に合わずに銃で殺された家族。2年にもわたる不安定な生活。見知らぬ土地での孤独。生活に立ちはだかる言語の壁。18歳の少年が一人で背負うにはあまりにも辛く酷だと思いました。
ただ話を聞くことしかできませんでした。目の前の彼の現状に何もできない自分の無力さをありありと感じた一方で、「少しでも多くの人にこの現状を知ってもらい、そして身近に感じてほしい」という思いでこのインタビュー記事を書くことを決めました。以下がその内容です。
◆スイスに入国するまで
Q.アフガニスタンでは何をされていましたか?
アフガニスタンでは幼稚園に通い、その後はスポーツの分野に携わりました。
Q.スイスに来たのはいつですか?
2019年末にスイスに来たのですが、スイスに来るために多くの国を経由し、最初の国はイラン、次にトルコ、ギリシャ、マケドニア、セルビア、クロアチア、ハンガリー、ドイツ、スイスとなりました。
アフガニスタン~スイスまで8ヵ国を経由
Q.なぜスイスに住もうと思ったのですか?
スイスに来る前は、どんな国があるのかさえ知りませんでした。そこで、ドイツにいる友達に聞いてみたんです。彼らはヨーロッパの国について何でも知っていました。その人たちからは「パリに行って暮らしたらいい」と言われたんですが、乗り換えでチューリッヒに来て、スイスの良いところを言ってくれる人たちに出会えたんです。その後、数時間チューリッヒをぶらぶらしてみると、スイスが好きになり、ここに滞在したいと思うようになりました。
Q.アフガニスタンからどのようにしてスイスに来ましたか?
スイスに来るまでに2年かかりました。母国で命の危険にさらされたので、パスポートもなく、出生証明書も持っていないのに、40人~50人くらいの集団でスイスに逃げ込みました。パスポートもなく、出生証明書もない。森、平原、砂漠、山など、いろいろな問題を抱えたまま、出生証明書なしでやってきたのです。そんな不幸から解放された今、私はとても幸せです。
Q.国を離れるのは危険ではありませんでしたか?
父と二人の兄弟が殺されたばかりで、国を離れるのはとても大変でした。
Q.スイスに来たことを後悔してないですか?
国に帰ったら死ぬ可能性が高いし、自分の人生を続けられなくなります。だから、ここにいるのは私にとっていいことです。
◆スイスに滞在後の様子
Q.スイスに到着した後、言語はどのように勉強したのですか?
スイスに来てからは語学の勉強で忙しかったです。旅先で英語を学び、スイスでイタリア語学校に通いました。
Q.母国以外の国で生活して一番楽しかったことは何ですか?
旅行中に一番感動したことは、行く国ごとに違う人たち、違う行動を見たことです。その国での生活には戸惑いましたが、すべてがうまくいき、経験を積むことができ、旅の中で最もワクワクしたことでした。
Q.アフガニスタンに住んでいる友人と連絡が取れますか?
いいえ、連絡はとれません。
Q.スイスではどんな仕事をしていますか?スイスではどのようにお金を稼いでいますか?
スイスで料理を勉強しているので、料理の修業証書を取りたいと考えています。そしてこれが私の稼ぎ方です。
Q.スイスの国籍を取得することは可能ですか?
スイスのパスポートを取得するためには、スイスで長期間生活し、働かなければいけません。
Q.将来はどうしたいですか?
正直、今の状況には満足していません。生活上の問題が解決して、また運動を続けられるようになりたいという願いがありますが、今は経済的な問題があり、シャワーを浴びて軽く運動するくらいしかできません。