「花」と言われて、あなたは何を思い浮かべるでしょうか。きっとそれぞれに思い出があるはずです。私たちに花との多くの記憶があるように、花も人間との記憶を持っています。それが「歴史」と言われるほど。
バラは古くから愛されてきた花のひとつで、北半球においては、洋の東西を問わず、育てられてきました。紀元前2600~1400年にクレタ島で栄えたミノア文明からは、世界最古のバラのフレスコ画が発見されていますし、孔子の残した書物では、北京の宮廷の庭園でバラが栽培されていたといいます。
今も昔も、バラの花びらからは気品が、棘からは近寄りがたさが感じられます。そんなところに親近感があるからなのか、多くの王侯貴族の寵愛を受けてきました。品種ごとに名前が付けられています。素人目では、赤いバラや白いバラというふうに、色でしか見分けがつかないものですが、バラの名前を知るだけで歴史が見えてきます。
エンプレス・ジョゼフィーヌ
このバラは1815年ごろに作出されたものです。「ジョゼフィーヌ」というのは、有名なナポレオン1世の妻の名前です。農園の娘として生まれた彼女の幼少期の名前は「ローズ」だったと言います。バラをこよなく愛し、住んでいたマルメゾン城の庭に、世界中のバラの原種を集め、それらを人工交配させることで、新種を創りました。今日、私たちが愛でるバラの誕生に大きな功績を残しているほどです。
皇后にまでなったジョゼフィーヌですが、子宝に恵まれなかったことで離縁されてしまいます。その後、ナポレオンがエルバ島へ流されたのと同じ年に彼女は亡くなり、育んできたマルメゾンの庭は廃れ、収集したバラも失われてしまいました。しかし、約100年後、そのバラたちは再び集められ、フランス・ライレローズの地で最も有名なバラ園として再生したのです。
彼女の死を偲んで捧げられたのが、このバラです。
他にも、エリザベス女王の戴冠を記念して創られた「クイーンエリザベス」、皇太子妃時代の美智子さまに捧げられた「プリンセス・ミチコ」などがあります。
その美しい姿は、見ているだけでも楽しいですが、その歴史を知れば、より趣深くバラが感じることができるのではないでしょうか。
筆者が紹介したバラは東京郊外の神代植物公園で撮影したものです。こちらでは5月29日までの間、バラフェスタが開かれています。
参考資料:
松本路子、『バラの名前を巡る旅』、メディアファクトリー、2009年
キャサリン=ホーウッド、『バラの文化誌』、原書房、2021年
Wikipedia、「Impératrice Joséphine (rose)」
公益財団法人日本ばら会、「世界最高レベルのばら論争に決着」
参考記事:
朝日新聞デジタル、「亡き妻のため造ったバラ園、いつの間にか名所に 『今年も咲いたよ』」