いつも以上に忙しく動き回る作業員、小耳に挟んだ「工期に間に合わない。」という台詞。
先日見かけた近所の工事現場での一幕です。今回の問題の根本はこの言葉が教えてくれているような気がしてなりません。この光景を見て以降、いたずらに業者を批判する気にはなれなくなりました。問題の本質は一体何なのでしょうか。ということで、今日はマンションの杭データ偽装から、このような問題が発生する原因を考えていきたいと思います。
横浜市都筑区の大型マンションが傾いた問題をめぐり、28日、北海道は道が発注した工事で旭化成建材が杭の工事データを流用していたと発表しました。釧路市の道営住宅の改善工事において、杭31本のうち1本でデータ流用が確認したということです。横浜市以外でデータ偽装が明らかになるのは初めてで、旭化成広報室は横浜のマンションとは別の担当者が偽装を行ったと語っていて、横浜のマンションの現場責任者が関与した41件を中心に調査を進めています。旭化成建材はこの件については安全性に問題はないとしていますが、今回、別の担当者が偽装に関与していたことで、過去10年間に施工した3040件の杭工事の信憑性が揺らぐという事態になりました。個人ではなく、会社単位でのずさんな施工管理が明らかになり、11月13日までの国交省への報告で何件の不正が確認されるかに注目が集まります。
誤解が無いよう、始めに申し上げておきますが、旭化成建材のような不正を行う企業は批判を受けて然るべきです。データを不正に流用して、受注した工事をその通りに行わなかったことは、安全性云々の前に契約違反でしょう。そして、扱っているものは住宅を含めた建造物です。安全性が特に重視されるものに違いなく、「間違えました、ごまかしました、ごめんなさい。」では済まされません。定食屋さんのおばちゃんの注文間違いとは全く意味が異なるのです。その責任の重大さを自覚した企業倫理が求められます。入居者への真摯な対応も求められます。
今日はここから本題です。冒頭述べた通り、企業側だけを批判することは少々暴論ではないかなと感じています。横浜のマンション問題で注目を集めたのが、関係する企業の多重構造です。事業主の三井不動産レジデンシャル、建設・施工元請けの三井住友建設、一次請けの企業を挟み、二次請けが旭化成建材となります。このように、多くの企業が「登場人物」になっているため、対応が複雑になっているという批判がありますが、このような構造は消費者のためにもなっているのではないかとも感じています。下請けを行う目的はコストカットです。コストが下がれば、利益が出やすくなります。コストがある程度下がれば販売価格を抑えることもでき、事業主のメリットだけでなく、購入価格が下がることで負担が減るだけでなく、購入可能な層が拡大し、消費者の利益にも繋がるともいえるでしょう。だだ、下請けが増えれば、それだけ事業主や元請けとの距離ができてしまい、下請けが正確に施工しているかを確認しずらくなります。工期やコストが厳しいことも多く、不正に走ってしまうケースがあるようです。今回の問題は下請け構造のデメリットが表れてしまった典型的な事例でしょう。
都心部を中心に首都圏のマンション需要は急上昇している今日、タワーマンションが東京の沿岸部を中心に相次いで建設され、オリンピックと共に建築バブルを押し上げています。海が見えるマンションを買ったら、目の前に別のマンションが建ったという話も聞きました。マンションがこれだけ供給されるというのは、それだけ首都圏に住みたい、住む必要があるという人が増加しているということではないでしょうか。需要に対して供給が増えれば、それだけで競争が激しくなり、価格の面でも競争になることは必至です。だからこそ、筆者は価格を下げるために下請けという存在が必要だと考えています。市場を通じ、企業に対して低価格と安全を要求するだけしておきながら、下請け構造のデメリットを企業側に押し付けるというのは消費者側のエゴだと感じずにはいられません。
重ねて書きますが、業者の不正を許容しろというつもりはありません。ただ、地下の高い東京に多くの人が住むことのできる住宅の提供を数の面や価格の面で可能にしているのは下請けの業者があってこそです。憎むべきは不正を行う業者であって、下請け構造そのものではありません。消費者の需要を満たし、安全な住宅を低価格で造り出せる下請けの仕組みを生み出すためにも、我々消費者の下請けという存在への理解も必要なのです。安易に企業を批判するばかりではなく、問題の矛先を自分たちに向けてみることも時には必要なのではないでしょうか。
参考記事:各紙旭化成建材関連面