皆さんは、このような点字ブロックを見たことはありますか。筆者は今年になって初めて目にしました。「shikAI」というアプリでQRコードを読み取ると、音声が流れ出し、視覚障がい者を誘導してくれるという優れものなのです。今回は、「shikAI」を開発したリンクス株式会社で、広報を担当している田中尚行さんにお話を伺いました。
世に出るまでの道のり
リンクス株式会社は昨年出来たばかりです。代表の小西祐一さんが、前身となった会社で「世の中の課題に応えたい」という思いで着手したプロジェクトが「shikAI」に繋がります。地下鉄はホームドア未設置の駅が未だに多く、視覚障がい者の転落事故も後を絶ちません。しかし、目が不自由な人をサポートするテクノロジーは当時ゼロに近い状態でした。
それもそのはず。導入するには物凄くハードルが高いのです。国交省に認めてもらわなければ実際に駅で使うことができません。そして何より収益が見込めないのだそうです。慈善事業に近いというのだから驚きです。それでも小西さんは取り組み続けました。試作品の段階では、田中さんもエンジニアとしてサポート。今のような形になったきっかけは、2016年に開催された東京メトロ主催のコンペ「TokyoMetoroACCELERATOR」です。そこでなんと「shikAI」は採択されたのです。当初はブルートゥースで位置情報を認識させたモデルでした。しかし、距離や利用者が向いている方向を的確に伝えるのが難しく、試行錯誤の後、QRコードに行きつきました。
その後、東京メトロの研修センターで6回の実証実験を重ね、辰巳駅と新木場駅で最終検証をしました。今年1月27日に東京メトロ線5駅に、4月までには更に4駅に対応する「shikAI」アプリを公開。経費を最小限に留めるため、QRコードは開発したリンクスの社員たちが夜間に貼りに行ったと言います。
発明に費やした時間はもちろん、金銭的にも大変な思いをしています。それでもここまで続けてこられた理由は何でしょうか。田中さんはこう答えます。「視覚障がいは誰の身にも起こりうる。『なんとかしてよ』と思った時に、手厚いサービスがなければならない。今はアマゾンなどの配送システムが充実しているため、家から出なくても生活はできる。しかし、美味しい店でコーヒーを飲むなどの喜びは生活の中で大事なこと。そのサポートをしているのだという気持ちをもつことで、ここまで続けることが出来ました」
アプリ「shikAI」の仕組み
Twitterで「点字ブロック QRコード」と検索をかけると、ある共通の疑問を多くの人が抱いていることがわかります。「目が見えないのに、どうしてQRコードが読み取れるのか」。筆者も実はその点がひっかかっていました。田中さんも、「shikAI」の開発に携わるまではスマートフォンが本当に使えるのか心配だったそうです。
iPhoneには「VoiceOver」という機能が搭載されています。バッテリーレベル、電話をかけてきた相手、指が触れているAppの名前など、画面内容の説明を音声で聞くことができます。この機能を使えば、目が見えなくとも自由にスマートフォンを操ることが可能です。
そして肝心のQRコードですが、こちらも心配ご無用です。冒頭の写真を見ると、点字ブロックには、線状ブロックと点状ブロックの2種類あることが分かります。前者は誘導ブロックと言い、線状の突起が移動の方向を表します。一方、後者は警告ブロックと言い、階段前、改札前、ホームドア前、誘導ブロックが交差する分岐点などに設けられます。誘導ブロックでは白杖が左右でつっかえ、警告ブロックでは左右にするっと抜けます。QRコードはこの警告ブロックに貼ってあり、白杖で位置をキャッチすることができるのです。
筆者も実際にアプリを使い、QRコードを読み取る体験をさせてもらいました。まず驚いたのは、QRコードの読み取りの速さです。かざすだけで即座に読み取ることができます。スマートフォンの向きを変えても目的地に誘導してくれました。
「shikAI」の特徴
✓自分がQRコードに対してどの位置から読みとっているのかを即座に把握することが可能
✓流れた音声を、リピートボタンを押して再生することが可能(ボタン操作以外にもiPhoneを左に振ることでも同様)
✓右に曲がる時は1回、左に曲がる時は2回iPhoneが振動する
✓スタート地点は自分の一番近いところから選択が可能
✓音声の速さも、文字の大きさも変えられる
利用者の声
現在はメトロでの展開が中心ですが、豊島区の東池袋周辺では路上でも使われています。駅から区役所、そして駅から点字図書館の間です。点字図書館までは場所によってはクランク状に曲がる道に点字ブロックが敷設されているルートもあり、迷いやすいという声が挙がっていました。しかし「shikAI」導入後、「初めて一人で行けたよ」と、ある男性から会社に電話がかかってきたそうです。
また、アプリを利用するための講習会では、実際に体験を通して、「これいいね」と褒めてもらえたそうです。当事者の喜びの声は、田中さんのやりがいへと繋がります。
今後の課題は社会の認知
点字ブロックそのものが、必要なすべての場所に敷かれていないのが現状です。トイレまでの道のりをナビゲーションシステムで誘導できても、肝心なトイレの中までは誘導できません。また、歩きスマホと勘違いされないかといった不安の声も少なくありません。これらの課題を解決するには、社会の認知が今後のカギになってきます。現在、利用者は約50人ほど。その理由のひとつに、実際に設置している駅がほとんどであることが挙げられます。メトロだけでなく、JRへの展開ができるようになれば社会に大きな変化をもたらすことでしょう。
西早稲田駅に貼られているポスターです。こうした呼びかけが広がることを願います。
パラリンピック開催 その先へ
「これまで福祉に無頓着だったが、shikAIに携わって気持ちが変わった。視覚障がいを持った人を見つけると『一緒に行きましょう』と声をかけるようになった」。そう語ってくれた田中さん。助けてほしい時に、「助けて」という言葉を発するのは、視覚障がい者にとって難しいのだそうです。だからこそ積極的に今後も声掛けをしていきたいといいます。
いまパラリンピックが開かれています。困難を乗り越えて立ち向かう姿に、私を含め、多くの人が感動したのではないでしょうか。パラリンピックは障がいを持った人々への生活に目を向ける機会であることも確かです。「shikAI」がさらなる注目を集めることを期待しています。
参考記事:
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