唯一の被爆国日本の役割 三紙社説比較 <平和を考える・前編> 

■記録としての平和

最初の広島、最後の長崎。原爆投下から76年が経過した今年。コロナ禍への対応に加え、五輪開催国として大きな責任を果たした日本ですが、では「唯一の被爆国」としてどのような見解を世界に発信しているのか。各社の社説と朝日新聞の2018年からの社説を追って検証します。

8月6日、広島平和記念日

朝日新聞「被爆76年の世界 核廃絶へ日本が先頭に立て」

76年前に広島に原爆が投下された惨禍を思うと、「二度と再び人類の過ちを繰り返させない」「その誓いと行動の先頭に、日本は立たねばならない」と強い決意を表明した。米国とロシアに加え、中国も核を保有し、軍拡の流れを強めていることを取り上げ、危うい大国間競争を浮き彫りにした。さらに、米国の退潮に伴い「核の傘」への信頼が弱まり、同盟国に核武装の連鎖が起きる可能性にも言及し、終末時計が最悪の100秒前で止まっていることを指摘した。最後に今年発効された核禁止条約に関して、来年開かれる核禁条約の初の締約国会議に唯一の戦争被爆国である日本政府代表の姿がないことで、深い失望が歴史に刻まれることになるとする。日本の教訓や知見を活かすため、オブザーバーとしての参加、国際社会との連携を求めている。

読売新聞「平和を希求する思い世界に」

新型コロナウイルス流行下でも「被爆の悲惨な記憶を継承する取り組みは、変わることなく進めていかなければならない」と冒頭で言い切った。そして、新型コロナの感染拡大による広島平和記念資料館の入館者数の減少、被爆者が体験を直接語り継ぐ機会の激減への不安を表明した。歴史継承の新たなあり方として「オンライン」を提案。一方で核をめぐる世界の状況が悪化していることにも着目し、日本が米国の「核の傘」に頼り、平和と安全を確保している状況にも言及している。最後には核兵器禁止条約について、日本が加わっていないことを指摘したうえで、核兵器を保有する国に核を断念させ、核保有国を含めて建設的な形で軍縮協議の促進を主導することが日本の責務だと述べた。

日本経済新聞「日本全体で被爆の悲劇を発信したい」

新型コロナウイルスの感染拡大により、広島平和記念館を訪れる外国人がコロナ前に比べ激減した例を挙げ、76年前の出来事を知ってもらう機会の喪失を懸念した。一方でSNSを利用した平和の発信には期待を高めており、五輪選手団に協力を求め、平和への願いを込めた折り鶴の画像をSNSで投稿した例を紹介している。世界の大国は核兵器の近代化を進めていること、「核なき世界」が遠いことを懸念した上で、日本がすべきことを「核兵器の恐ろしさを訴え続けること」とした。負の歴史の共有不足から歴史教育の大切さを指摘し、日本人すべての責務として、悲劇を世界に伝える役割を主張している。

各紙は、唯一の被爆国としての日本の役割を強調しました。朝日は核禁条約に関与して日本の教訓と知見を活かす、読売は核保有国が核を撤廃するために働きかける、日経は負の歴史の共有と継承をする、というメッセージを発信しています。

8月9日、ながさき平和の日は五輪閉会式と重なったこともあり、長崎の被爆に関する社説はどの新聞社からも出ていませんでした。しかし、8月10日の朝日新聞では、菅首相による広島、長崎の平和式典でのあいさつを取り上げ、核兵器禁止条約に言及しています。2018年からの朝日新聞の社説を追ったところ、一貫して被爆国として核兵器禁止条約に参画することを主張していました。

米国の「核の傘」の下にあるが、日本政府は「立場の異なる国々の橋渡しに努める」「核廃絶のゴールは共有している」と繰り返すだけで、成果をあげられず、「核の傘=核禁条約に不参加」という思考停止状態を非難しています。また、広島の式典で話題になった、首相が用意したあいさつ文の内、核廃絶への被爆国としての役割に触れた最も重要な部分を読み飛ばしたことについても触れられています。

実際に読み飛ばした部分を首相官邸の発表に基づいて確認したところ以下の部分でした。

世界の実現に向けて力を尽くします。」と世界に発信しました。我が国は、核兵器の非人道性をどの国よりもよく理解する唯一の戦争被爆国であり、「核兵器のない世界」の実現に向けた努力を着実に積み重ねていくことが重要です。近年の国際的な安全保障環境は厳しく、

前後の文章がつながらないという問題点もありますが、最も重要な点は、日本が唯一の戦争被爆国の立場から「核兵器のない世界」を目指した努力を積み重ねることを語れなかったところにあると筆者は考えています。もちろんあいさつ文の他の箇所でも「核兵器のない世界と恒久平和の実現に向けて力を尽くすこと」には言及していましたが、日本の立場を明示した部分は読み飛ばした箇所に当たると感じます。

各紙の社説は被爆国としての役割、なすべきことを明記しています。では、日本政府はどうなのでしょうか。「平和の祭典」五輪の期間中で行われた平和記念式典は各国から注目されていたはず。日本の立場を明確にする絶好の機会だったのではないでしょうか。2018年の朝日新聞の社説には「唯一の被爆国として「核のない世界」の実現を訴える日本には、広島・長崎の体験と記憶を継承する責任がある。広がる無関心と無理解、圧力と委縮にどう抗していくか」と日本が持つ継承の責任を強く表した一文がありました。

報道も式典も歴史の記録です。自国での五輪開催や新型コロナウイルスに埋もれ、8月9日の社説では平和や核についての言及はありませんでした。式典では日本の立場を最も表す部分が言葉として残りませんでした。

記録としての平和を考え直すきっかけになるでしょう。一つ一つの積み重ねが負の歴史の継承と平和への働きかけにつながると信じています。

 

参考記事:

6日付 朝日新聞朝刊12面(福岡13版)社説「被爆76年の世界 核廃絶へ日本が先頭に立て」

6日付 読売新聞朝刊3面(福岡13版)社説「平和を希求する思い世界に」

6日付 日本経済新聞2面(福岡12版)社説「日本全体で被爆の悲劇を発信したい」

10日付 朝日新聞朝刊8面(福岡13版)社説「原爆と菅首相 核禁条約を無視するな」

2018年8月9日朝日新聞デジタル版「(社説)原爆の記憶継承 若い世代の新たな挑戦」

参考資料:

首相官邸ホームページ「広島市原爆死没者慰霊式並びに平和記念式あいさつ」