記録に残すということー『金沢蓄音機館』 能登半島地震の風化に今

能登半島地震から月日がたち、同県内金沢市でも震災の記憶の風化が指摘されています。復興はいまも途上にありますが、災害の記憶は日常の中で少しずつ薄れていきます。失われていくものを、どのように残すのか。その問いを考えさせられる場所がありました。

石川県金沢市の金沢蓄音機館です。館内では、年代の異なる蓄音機を使い、実際にレコードを聴き比べることができます。

「この試聴体験の来館席には、偶然の出会いが多くあります」

2代目館長の八日市屋典之さんはそう話します。ある日、東京から被災地へボランティアに来ていた来館者との出会いをきっかけに、蓄音機を抱えて能登へ向かったといいます。今のデジタルでは味わえない音楽を届けることで、被災地に安らぎを感じてもらいたいと考えたからです。

館内に響くのは、100年前と変わらない音でした。歴史の偉人エジソンが発明した蓄音機で『オールドブラックジョー』を実際に聴くと、レコードにその時代の空気や人々の営みそのものが刻まれているように感じられました。隣に座っていた外国からの観光客が「鳥肌がたった」と話していたのに共感しました。

館には展示しきれないほどの、4万枚のレコードや600台の蓄音機が所蔵されています。コロナ禍ときに全国から寄贈が相次ぎ、コレクションは倍増したそうです。真相はわかりませんが、「自宅で過ごす時間が増えた中、家の整理で見つかったものが持ち込まれたのでは」と想像しています。持ち主の名前は名札にして残され、記録として蓄積されていきます。

「記録として蓄積される意味があるんです」

「名前を残しておくことで、亡くなったオヤジやおばあちゃんにここで会えるようになる」

八日市屋さんはそう話します。捨てられるはずだったものが、ここでは歴史の記録として新たな価値が与えられます。中には、ソニー創業者、盛田昭夫氏の名前もあるようです。寄贈された当初は、カビだらけであったり、壊れたりしているものも多いそうですが、「カビキラーが意外と良い。一生懸命磨けばまた聴ける」と、一つ一つ丁寧手入れが施されています。

寄贈者の名札(2026年3月18日筆者撮影)

レコードは、針で削られ続け、やがて再生できなくなります。どれほど大切に扱っても、モノである以上、いずれは失われてしまいます。それでも八日市屋さんは、遠方から訪れた人に実際に音を聴いてほしいと話します。体験として刻まれた記憶は、モノがなくなった後も人の中に残り続けますから

記録することで、失われていくものをどこまで残せるのか。過去の音を保存するこの場所は、同時に、いま消えつつある記憶をどう残すのかを問いかけているように感じられました。

災害の記憶は、どのように残していくべきなのでしょうか。

取材に応じてくださった八日市屋さんに、心より感謝申し上げます。

参考記事:

・2019年11月22日 日経電子版「金沢蓄音器館 100年前の音、聴き比べ」

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO52447830R21C19A1962M00/

・2021年5月22日 日経電子版「蓄音器の音色、後世へ 金沢の博物館20年」https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUE200CA0Q1A520C2000000/
・2015年10月7日 朝日新聞デジタル「石川)レトロな響き、楽しげ 金沢蓄音器館」https://digital.asahi.com/articles/ASH9Z71RPH9ZPJLB01H.html?iref=pc_ss_date_article

・2024年2月 館長ブログほっと物語金沢蓄音機館「その409「能登での音色」」https://www.kanazawa-museum.jp/chikuonki/kancho/2024_02.html