「思いやりの気持ち」と「周りを見る力」

先週末は、4月並みの暖かさを観測した地域もあり春本番が近づいてきているようです。筆者は、お金をためなければという思いからアルバイトに勤しむと同時に、大学2回生の春休みを満喫しなければという思いから旅行だ!ライブだ!という日々を過ごしています。そんな中で、「思いやりの気持ち」と「周りを見る力」の大切さを感じる経験がありました。

 

優先座席に代表されるように高齢者や妊婦さんに対して思いやりの気持ちを持つべきだという考えがあります。それは間違っていないし、体力がある学生の方が高齢者に席を譲ることに異論は持ちません。

 

ですが、その常識を武器にして周りが見えなくなるのは違うのではないでしょうか。というのも、先日テーマパークに行ったときのことです。多くの人が訪れていたために混雑しており、それは店の中ではより一層感じられ、すれ違うだけでもかなり苦労するぐらいの混雑具合でした。

 

そんな状況でよく目にしたのは、ベビーカーを押して店内を見て回る人の姿でした。確かに、混雑の中で子どもを抱っこして、荷物を抱えてベビーカーをたたんだうえで買い物をするのは大変なことです。外に置くにしても、見てくれる人が自分以外にいないとできます。ただ、混雑の中でベビーカーで移動するのは「自分自身が被る苦労」という視点でしか、物事を考えられていないように感じます。

 

実際、ベビーカーに足を踏まれたと嘆いている人もいました。それでも、ベビーカーだから子どものためだからということで、仕方がないと周囲は受け入れています。ですが、そうした状況には疑問を抱かざるを得ません。

 

子育ての経験がないからそんな風に言えるのだと思う方もいるでしょう。ですが、テーマパークに限らす、満員電車で他の乗客を押し除けるように乗り込んだり、狭い飲食店で通路をふさいだりということは実際に起こっています。ベビーカーのまま進んだらどうなるのかという視点から考えることは必要なのではないでしょうか。

 

これに限ったことではありませんが、特に子育てに関しては、「自分でやらなきゃ」という意識が根底に強くあると思います。そのために、周りが見えにくくなっている側面は否定できません。

 

このような認識を変えていくことが大切です。思いやりのある行動を受ける対象であったとしても、それをいいことに何をしても受け入れてもらえるわけではありません。もちろん困ったとき、助けが必要なとき、手伝って欲しいと伝えたら皆助けてくれると思います。頼られて嫌な気持ちになる人は多くはいないですから。

 

世間で共有されている認識が、より良い社会にしていく方向につながっていけば望ましいことです。でも、思いやりの気持ちを持つことに疑念や抵抗感が出てくるようではマイナスにしかなりません。世の中には、筆者のような考え方をする人だっているはずです。だからこそ、「思いやりの気持ち」を持つだけでなく、「周りを見る力」を同時に持ち合わせることで、皆がより快適に過ごせる社会につながっていくのではないでしょうか。

 

そんなことを感じた春休み前半戦でした。