西アフリカに位置するガンビアからの報告の第2弾です。筆者は地元の新聞社「The Point」に伺い、2016年まで続いた独裁政権の下での報道など当時の話を聞きました。
話を聞かせてくれたのは、創刊当時から現在まで記者兼編集者として活躍しているPAP SAINE(パップ・セイン)(76)さん。報道業界内の様々な表彰を受けたこともあります。そんなパップさんは現在、モロッコで行われたワールドカップの予選について取材しているそうです。
ガンビアの独立紙The Pointは1991年に創設され、2005年に日刊紙になりました。政治・経済、スポーツ、地方のニュースなどをまとめた総合紙です。現在の発行部数は3千紙、ウエストフィールドのラトリクンダで発行されています。創設前は写真などはなく、手書きのタブロイド紙が発行されているだけでした。
パップさんが記者の仕事に入ったのは20歳の時です。当時ジャーナリストは見当たらず、ニュースも流れていません。自分からさまざまな人に重要な情報を発信したいという思いから記者の仕事を目指したといいます。
ガンビアは16年までヤヤ・ジャメ元大統領による独裁政権が続き、政治が不安定な状態でした。情報を規制するために新聞の印刷工場が止められてしまった際は、個人経営の印刷所を見つけて新聞の発行を続けました。当時の状況をパップさんは鮮明に覚えているといいます。
17年1月21日パップさんは空港で取材していました。それは政権が転覆したことで元大統領が海外に亡命するという情報があったからです。The Point以外の新聞社もいたといい、亡命のニュースは国内外に流れました。
それまでのシャーナリストは、命の危険を伴う職業でした。当時の政府の関係者によって、自宅や事務所に火をつけられてしまうなどと常に狙われていたそうです。パップさんとともにThe Pointを創設したDEYDA HYDARA(デイダ・ハイダラ)さんは殺害されてしまいました。それは当時の政府にとって不都合な情報を発信していたからです。
常に命を狙われているという状況から、多くのジャーナリストが国外へ避難する中でパップさんもアメリカへ避難するように声が掛かりました。しかし、一人ガンビアに残り恐怖で寝ることもままならない中、読者のために取材を続けました。
いまガンビアが抱える問題は通貨安で、他国に訪れる際にはより多くのお金が必要になってしまうことです。これはアフリカの多くの国に共通して言えることだといいます。政治が安定しても、経済の不安は続きます。
パップさんは最後に、「毎日、起きている出来事や政治、指導者について真実の情報を書き、ガンビアがより良い国になるように努めたい。記者の仕事は自分ができるまでやりたい」と話してくれました。
参考記事:
朝日新聞(デジタル版) with Planet 「人間の多様な感情や記憶に向き合い続ける マイストーリー」




