ハンセン病とされた男性が殺人罪などで死刑判決を受けた「菊池事件」について、熊本地裁は1月28日、再審請求を棄却しました。これは、冤罪か否かを判断する公判の開始が認められなかったということです。本稿では、今回の再審請求審の争点から、ハンセン病をめぐる隔離政策と裁判所による憲法違反について考えていきます。
■「菊池事件」とは
熊本県の山道で1952年7月、元村役場職員の刺殺体が見つかりました。県警は、この元職員宅にダイナマイトを投げ込んだとする別事件で実刑判決を受け、収容されていた拘置所から脱走した男性を殺人容疑などで逮捕しました。
この男性はハンセン病の感染者とされ、本件の1審と2審は伝染予防を理由に、ハンセン病療養施設などに設けた「特別法廷」で審理されました。最高裁でも判断は揺るがず、57年9月に死刑が確定しました。男性は再審請求を繰り返しましたが、62年9月に刑が執行されました。
■争点1,特別法廷は違憲なのか
本件の主な争点の1つ目は、ハンセン病を理由に隔離施設内で開かれた「特別法廷」の違憲性についてです。弁護側はこの「特別法廷」について、著しい差別で憲法に違反しており、それを理由に再審を認めるべきだと訴えていました。
裁判所はこれに対し「法の下の平等」を保障する憲法14条に違反し、同13条が定める人格権を侵害する疑いが強いとしました。
また、審理は強制隔離施設内で開かれたため、傍聴が事実上困難であった可能性も否定できないとして、裁判の公開原則を定める82条に違反する疑いがあると認定しました。
② 裁判所が、裁判官の全員一致で、公の秩序又は善良の風俗を害する虞があると決した場合には、対審は、公開しないでこれを行ふことができる。但し、政治犯罪、出版に関する犯罪又はこの憲法第三章で保障する国民の権利が問題となつてゐる事件の対審は、常にこれを公開しなければならない。
しかし事件そのものについては、公開法廷での審理であったとしても、確定判決に至った証拠関係などに変動はないことを踏まえ、上記の憲法違反が「確定判決に重大な事実誤認を及ぼすものとは認められない」としました。
■争点2,男性は無実だったのか
主な争点の2つ目は、そもそも男性が殺人を犯していたか否かです。弁護側は事件の凶器とされた短刀について、事件当時の鑑定書から読み取れる遺体の傷の大きさと矛盾しているとし、医師作成の鑑定意見書を提出しました。さらに親族2人の供述についても、変遷があって信用できないと訴えていました。
しかし地裁は、凶器による傷の大きさは推測に基づくものだと指摘し、親族の供述については核心的な部分で一貫していることなどを理由に信用できるものだと判断しました。
■ハンセン病をめぐる隔離政策
ハンセン病をめぐっては、患者への国の隔離政策を違憲とする国賠訴訟が2001年に確定し、患者を被告として開かれた特別法廷の運用を最高裁が16年に違法と認めて謝罪しました。「菊池事件」をめぐる20年の国賠訴訟判決では、裁判官らが予防衣を着て審理した点などについて、「ハンセン病に対する偏見・差別に基づき、男性の人格権を侵害した」として違憲判決が下されました。しかし今回の再審請求審では、当時の裁判官らの行為についての違憲性については言及されていません。
■裁判所による憲法違反
確定判決を覆すことは、そう簡単なことではないでしょう。ましてや、すでに死刑が執行された事件に関して、再審を開始するか否かの段階で慎重になることは容易に想像できます。しかし、人の命を奪うほどの権力を有する裁判所は、愚直に真実に向き合うべきです。憲法違反を犯し、それを認めた裁判所には、違反した手続とそこでの審理の結果を検討しなおすことが必要だと考えます。
参考記事:
・1月30日 朝日新聞デジタル 「熊本地裁、存在せぬ憲法条項を誤表記 『菊池事件』再審請求の決定文」
・1月29日 朝日新聞(西部) 朝刊25面 「『菊池事件』再審請求 棄却」
・1月29日 読売新聞(西部) 朝刊1面 「菊池事件 再審認めず」
・1月29日 読売新聞(西部) 朝刊31面 「菊池事件再審請求棄却決定の要旨」
・1月29日 読売新聞(西部) 朝刊33面 「『過ちから逃げた』 菊池事件再審棄却」
・1月27日 朝日新聞(西部) 朝刊23面 「『菊池事件』再審 あす可否決定」
参考資料:
・日本弁護士連合会 「再審についてのQ&A」https://www.nichibenren.or.jp/activity/human/retrial/QA.html
・恵楓園歴史資料館 「菊池事件」 https://www.keifuen-history-museum.jp/kikuchi-jiken.html
(最終閲覧はすべて2026年2月2日)