この大みそか、年末年始を過ごすため韓国に帰省していました。元日の夜、実家近くの道を歩いていると、政治的な内容が書かれた垂れ幕が2枚並んで掲げられているのを目にしました。年始の静かな住宅街の中で、強い言葉を伴う政治的主張が突然視界に入ってきたことに、少なからず驚きを覚えました。
一枚目の垂れ幕には、「中国介入 不正選挙」と大きく書かれていました。もう一枚には、「2026年より大きく!より元気に!進みましょう 新年は共に輝く上党(サンダン)に」と記されており、こちらは筆者の実家がある行政区域である上党区選出の国会議員が掲げたものでした。新年のあいさつとして、地域住民に向けた前向きなメッセージを伝える内容でした。一方で、「中国介入 不正選挙」と書かれた垂れ幕は、「自由と革新」という政党の代表である黄教安(ファン・ギョアン)氏が設置したものでした。
(2026年1月1日 筆者撮影)
朝日新聞によると、黄氏は朴槿恵(パク・クネ)政権時代に首相を務めた人物であり、尹錫悦(ユン・ソンニョル)前大統領が非常戒厳を出した当日、フェイスブック上で戒厳を支持する投稿を行い、内乱を扇動した疑いが持たれています。
選挙に中国が介入したという主張については、現時点で公的に確認された事実はありません。それにもかかわらず、未確認の内容を、あたかも事実であるかのように断定的な表現で掲示することに強い疑問を抱きました。政治的主張は多様であるべきですが、事実関係が不明確なまま強い言葉で訴えかける表現は、受け手に誤った認識を与えるおそれがあります。
さらに気になったのは、掲示期間は12月17日から31日までと明記されており、筆者がこの垂れ幕を目にした1月1日の時点では、すでに掲示期間を過ぎていたことです。しかし、当該垂れ幕の下部に小さな文字で「本垂れ幕を毀損・撤去した場合、政党法により処罰されます」と書かれていました。掲示期間を過ぎた後もそのまま残されている状況で、「処罰」という言葉が添えられていることに、違和感を覚えました。
ここで問題となる政党法とは、韓国の政党法第37条を指します。この条文では、政党が特定の政党や公職選挙の候補者を支持・推薦、あるいはこれに反対することなく、自党の政策や政治的懸案事項に対する立場を、印刷物や施設物、広告などを用いて広報する行為は、通常の政治活動として保障されるべきであると明記されています。つまり、政党が自らの立場を表明すること自体は、法的にも広く認められているのです。
一方で、一般の企業や市民が屋外に垂れ幕や看板を掲示する行為については、「屋外広告物等の管理及び屋外広告産業振興に関する法律」によって厳しく規制されています。この法律では掲示場所や期間、内容などが細かく定められており、違反した場合には撤去や罰則の対象となります。政党と一般市民との間で、表現行為に認められる自由の幅には明確な差が存在しています。
だからこそ、「政治的懸案事項」の範囲をどこまで許容するのかという点が重要になると感じました。事実として確認されていない主張までを政治的懸案事項として認めてしまえば、それを疑うことなく信じてしまう人が現れる恐れがあります。特に、政治に疎い人では、街中に掲げられた垂れ幕の内容が、そのまま「事実」であるかのように受け取りかねません。
政治表現の自由は、民主主義社会において極めて重要な価値です。しかし同時に、未確認情報や虚偽の可能性を含む主張が無制限に拡散されることは、社会の分断や不信を深めかねません。表現の自由を守るためにも、その前提として、事実と主張をどのように区別し、どこまでを許容するのかについて、社会全体で考えていく必要があるのではないでしょうか。
これは同じ民主社会である日本にも共通する課題だと考えます。
朝日新聞デジタル、2025年11月12日、「情報機関の前トップ逮捕 非常戒厳巡り韓国の特別検察 元首相も拘束」https://www.asahi.com/articles/ASTCD2TBMTCDUHBI00HM.html(最終閲覧日2026年1月16日)
法令、「屋外広告物等の管理及び屋外広告産業振興に関する法律(略称:屋外広告物法施行令)」、2024年6月25日https://portal.scourt.go.kr/pgp/main.on?w2xPath=PGP1021M04&jisCntntsSrno=3325049&c=900(最終閲覧日2026年1月16日)
法令、「政党法」、2024年1月2日https://portal.scourt.go.kr/pgp/main.on?w2xPath=PGP1012M01&&lawNm=%EC%A0%95%EB%8B%B9%EB%B2%95&&prvsNo=37&&prvsBrncNo=0&&c=900(最終閲覧日2026年1月16日)
