3日、第102回箱根駅伝で筆者の通う国学院大学は最高順位の2位に輝きました。大会が近づくにつれ、校内でも応援イベントが開かれるようになり、多くの学生の気持ちは高ぶっていきました。初めて沿道で応援した様子をお伝えしたいと思います。
筆者は2日の早朝6時半にスタート地点である読売新聞本社前(大手町)へ向かいました。駅を出ると、まだ暗さの残る沿道には多くの人、さらには警察車両が集まり、スポーツ報知が特別紙面を配っていました。7時半頃には本社入口付近で変更選手が書かれたカードが掲げられ、人だかりも見られました。8時になると大手町に号砲が鳴り響き、選手が一斉に飛び出します。目の前をあっという間に通り過ぎ、本当に20キロを走ることのできるスピードなのかと疑うほどでした。
スタート後、1区の青木瑠郁選手は集団から離れる場面もありましたが、後半には集団を引っ張り、2022年の区間新記録を10秒以上も上回るペースで鶴見中継所に飛び込みました。レースの流れを左右する1区を快走している姿をスマホの中継で見た際は、早くも優勝できるのではないのかと思いました。その後、少し順位を落としたものの、優勝を狙える4位で往路ゴールの芦ノ湖駐車場へ着きました。
2日目は最終10区、品川駅前付近に設置された大学ごとの応援スペースで声掛けをしました。復路スタートから4位を死守する中、7区では高山豪起選手が区間1位の走りを見せ、2位に躍り出ました。品川駅前ではトップの青山学院がやってくる20分前ごろに、交通規制が始まり、ボランティアスタッフが路上にコーンを並べ始めました。
青学の10区、折田選手が見え始めると沿道では歓声があがり、12時53分に目の前を通過しました。その3分後にトップを追いかける国学院、尾熊迅斗選手が走り抜けます。昨日、大手町で見た走りと比べるとどの選手も疲れているように見え、周りを走る選手がいないためか、自分を追い込んでいるように感じました。同じ大学に通う学生が全国から注目され嬉しく思う反面、筆者自身も目標に向かって努力をしなければならないと感じさせられた瞬間でした。
結果は最高順位となる総合2位でしたが、選手は悔し涙を流しました。山が攻略できなかったことが理由の1つです。青山学院は往路で実績のある選手をほぼ使い切りました。しかし、マラソンや1万mの経験がない6区石川選手が2位の早稲田大学を18秒差から1分34秒差まで引き離しました。青学・原監督は「下りと平地は別物。全く不安はなかった」と振り返り、高校駅伝で石川選手の山下りの適性を見出したといいます。5、6区の山だけで国学院は青山学院に4分余りを引き離されました。
駅伝前の12月、学内では応援用の幕にメッセージを書くイベントが開かれたり、チアリーディングのダンス披露があったりと、駅伝ムードが高まっていました。品川駅の大学応援スペースにはたびたびOBの方も訪れました。当時の大学のお話を聞かせてもらうなど世代を超えた交流の場でもあると感じました。来年も初優勝を目指し走り抜ける選手に沿道からエールを送りたいです。毎年のように記録が更新される箱根駅伝には驚くばかりで、2年後のロサンゼルス五輪が楽しみで仕方ありません。
参考記事:
4日付 読売新聞朝刊スポーツ面「青学 絶対王者」
4日付 朝日新聞朝刊スポーツ面「青学大 敵なしV3」





