今日は大晦日。みなさんは一年の締めくくりであるこの日をどのように過ごしているでしょうか。あたたかい部屋でテレビを眺めたり、家族と豪華な食卓を囲んだりと、その過ごし方はさまざまです。筆者の家庭では、紅白歌合戦を見ながら年越しそばをすするのが恒例です。そしてそばを食べ終えると、ダウンジャケットと手袋を身につけ、吐く息が白くなる夜道を歩いて近所の寺院へ向かいます。ここでは毎年、大晦日の夜に除夜の鐘が一般開放されます。
人の心にある百八の煩悩を、一つきごとにはらうとされる除夜の鐘。これまで筆者は、全国各地の年越しを伝えるテレビ番組で鐘をつく人々の姿を眺めながら新年を迎えてきました。しかしある時、手にしていたスマートフォンで検索してみると、地元で長く親しまれている寺院で実際に鐘をつくことができると知りました。「画面越しに見ていたあの行事に自分も参加できる」、そのことに興味を抱いた筆者は、家族を誘って寺院へ向かうことにしました。2年前のことです。
鐘楼堂の前に着くと、焚き火を囲んで暖を取る人たちの姿が目に入ります。寒さをしのぎながら談笑する人々の奥では、鐘をつきに訪れた人が列を作っていました。普段は人影も少なく静かな空気に包まれている境内にこれほど多くが集まっている光景には驚かされました。
整理券を手に列へ並び、前の人の様子を観察します。そこで気づいたのは、あの荘厳な音を響かせる力加減の難しさです。 勢いに任せて撞木を力一杯振れば、耳をつんざくような大きな音になってしまい、逆に弱すぎれば響きません。何気なく聞いていた除夜の鐘に、これほどの奥深さがあるとは思いませんでした。筆者は自分の番を待ちながら、頭の中でシミュレーションを繰り返しました。
いよいよ自分の番が回ってきました。前の人にならい、まずは静かに手を合わせて一礼します。撞木から垂れる縄を両手でしっかりと握りしめて後ろに引き、鐘に向かって放つと、重厚な音が境内に響きわたりました。体の芯を揺さぶるような低音と振動が全身を駆け巡り、自然と心が静まっていくのを感じました。
これまで画面越しに眺めていた行事を実際に体験したことで、年末の厳粛な空気をより深く味わうことができました。自らがついた梵鐘の響きを受け止めることは、新年に向けて気持ちを切り替えるための、大切なひとときとなりました。
除夜の鐘を一般に開放している寺院の情報は、インターネットなどで調べることができます。これまでテレビ中継を見るだけだった方も、今夜は実際に除夜の鐘をついてみてはいかがでしょうか。いつもと少し違う年越しが、新しい一年の始まりにふさわしい体験になるかもしれません。
参考記事:
朝日新聞デジタル「宮崎・延岡の鐘つき堂で1年のすす払い」,2025年12月31日
朝日新聞デジタル「『えーい、ひとーつ』 ひと足早く除夜の鐘の試し撞き 京都・知恩院」,2025年12月27日
